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10月18日ドライバーの日

「運転、お上手ですね」

 後部座席ではなく、なぜか助手席に座った青年が前を向いたまま私にそう言った。

「やっぱりいっぱい練習したんですか。研修とか受けたり、たくさん運転したんですよね、きっと」

 大変だなぁと妙に感心したように言い、私と同じように前を向いて独り言を言うようにして話していた。

 運転は、得意だったわけではない。18歳で通った教習所では運転が怖いと思っていたし、教習課程の時間だけではそれが払拭されなかった。ようやく落ち着いてきたのは大学を卒業する年、私はもう22歳になっていた。そのまま、運転する仕事がしたいと思ってタクシー運転手となったのだった。

 タクシー運転手は不特定多数のお客様を乗せて様々な道を走る。運転技術は元より、地図を読む力も土地勘も必要、コミュニケーション力だって必要だ。

 何より、大切な命を運ぶのだから慎重さや注意力が必要なのだ。ドライバーは全般そうだろう。神経を張り詰め、大変だと思うことももちろんある。

 青年にやんわりと伝えると彼は少し笑った。

「そうですよね、運転手さんだって生まれつき運転手さんな訳じゃないし」

「生まれつき運転手って、どんな感じですか」

 私もつられて思わず笑う。

「でも私は、そう思ってしまった。運転手と言う仕事なのだから運転がうまいのは当たり前だし、それが普通で、特別努力なんて必要ないものだと思ってしまった」

 先ほどまでとトーンが変わる。それを察してか、信号は赤を光らせた。

「父も、タクシー運転手でした。もう引退しましたけれど。それまで僕は父の仕事にありがとうと言ったことがないんです。言えないまま、家を出てしまった」

 聞けば丁度一年前に家を飛び出し、別の土地で就職をしたもののうまくいかない日々が続いているという。仕事をすること、続けること、自分の仕事に誇りを持つことの大変さを痛感し父親への態度を改めたそうだ。

「母にお願いして、今日一年ぶりに実家に帰るんです。もう結構緊張しているんですが。あ、そこを左に曲がってください。少し進んだ郵便ポストの前で止めてください」

 彼は人差し指で左を指す。その指は少し震えていたように見えた。

「よく考えたら、人の命を乗せて走る仕事って、とてもすごいことだなと思って。僕はコンビニやレストランでバイトをしていました。もちろん大変ではあったけれど、人の命を考えて仕事をすると言うことはなかった。生きるか死ぬかと、そのくらい神経を使う仕事はなかなかないですよね」

 横向きでも分かるほど、父親に尊敬の念を抱いているようだった。自分のことを言われたわけでもないのに、思わず私まで熱くなる。

「自分の子供にそう思ってもらえたなら、お父様はとても幸せですね。それに、お客様が運転手と言う職務に対してそう思っていただけていると知れて、私も幸せになりました」

 私はそう言って車を止めた。青年はやはり前を向いたまま、ありがとうございますと言って会計をする。

 ドアを開けて青年が車を降りた。

「運転手さん、ありがとうございました」

 今日の夕焼けはそこまで赤くもないのに、彼の頬はじわり滲むような温かな朱色だった。

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【今日の記念日】

10月18日 ドライバーの日

トラック、バス、タクシーなどに乗務するすべてのプロドライバーに感謝するとともに、プロドライバーの地位向上を目指す日にと、物流業界の総合専門紙「物流ウィークリー」を発行する株式会社物流産業新聞社が制定した日。日付は10と18で「ドライバー」と読む語呂合わせから。


記念日の出典
一般社団法人 日本記念日協会(にほんきねんびきょうかい)
https://www.kinenbi.gr.jp の許可を得て使用しています。

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