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1月18日いい部屋の日

【空汰】
 一目惚れだった。本を読み終えた彼女がめがねを外したその一瞬。偶然のその数秒で、僕は彼女に一目惚れをしてしまったのだ。

 本当にキュンとなるものなのだと自分でも驚いたが、そうなってしまえば仕方がない。だからそのすぐ後に別の客のオーダーを取り間違えてしまったのも、うん、仕方がないのだ。

「是非またお越しくださいませ」

 この店でアルバイトを初めて2年と少し。『是非』とつけてお客様を見送ったのは初めてだった。


【三津】
『是非またお越しください』なんて言われたのは初めてだなぁと思いながらカフェを出た。うん、また来よう。

 先日引っ越してきたばかりで知っている店も少ないから、少しでも居心地が良い店が見つかるととても嬉しくなる。私は浮かれるように足取り軽く家路を行く。そういえば店の名前を覚えていなかった。戻って確認しようか、でもまた行くだろうし。少し悩んで振り返り、私は今歩いた道を戻ることにした。あのカフェの隣のスーパーで醤油を買う用事も思い出したのだ。すぐにたどり着き、店名を確認する。

『喫茶マーブル』

 よくよく見ればカフェと言うよりは喫茶店。でもなんだろう、不思議と落ち着けるのだった。店名を覚え、また来ようと心に決めて再び来た道を戻ろうとした。

 ふと、店の横の窓に人影が見える。

 さっき、是非と言ってくれた店員さんのようだ。何となく、私は近くに寄ってみる。そこは休憩室なのか、彼は本を読んでいるようで、視線は斜め下に注がれていた。そしてその手にある本を見て驚いた。私の好きな作家の作品集である。

 私と一緒。

 うん。是非、またこの店に来ようかな。

 改めて決意し、家路を急いだ。

 私も無性にその作品集を読みたくなったのである。引っ越したばかりのあの家で。私の過ごしやすいように作り上げたあの部屋で。好きな本を、ほんの少し気になる人と同じ本を、誰にも邪魔されずに読みふけりたくなった。

 早く、私の宝物だらけのあの部屋に帰りたい。


【空汰】
 なかなか読書に身が入らない。

 それはここがバイト先の休憩室だからか、身が入らないし集中できない。

 でもきっと、彼女のせいだろうな。そう思うと自然と顔がにやけてしまうので自分でもそれがおかしい。

 彼女は何の本を読んでいただろうか。赤い革のようなカバーをつけて文庫サイズの本を読んでいた。例えばそれが自分と同じ作家のものだったらどうだろう。趣味が合うんじゃないかな。でももし違う作家の本だったとしても、僕がその作家を好きになったり、彼女に僕の好きな作家や本を教えたりして、共通の本が少しずつ増えていくことを楽しみに出来るかも知れない。

 まだ一言しか話していないのに。

 妄想も行きすぎてはならないな。でも、夢を追うようにこれからに期待してみたい。彼女はまた来てくれるだろうか。もし来てくれたなら、僕がオーダーを取ろう。そうして読んでいる本の話を聞いてみたりして、話が少し広がるといい。

 ああ、読書に身が入らない。

 家に帰りたい。自分の好きな自分だけの部屋に帰って思う存分夢を膨らませたいし、この作品集の続きを集中して読みたい。

 彼女に勧めるならばと本を選んでおきたい。

 早く、僕の宝物だらけのあの部屋に帰りたい。


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【今日の記念日】
1月18日 いい部屋の日

アパート、マンションなどの建設事業、不動産の仲介事業などを手がける大東建託株式会社が制定。同社では賃貸物件検索サイト「いい部屋ネット」を運営。部屋探しにおいて重視するポイントは人それぞれに異なることから、新生活のための部屋探しが本格化するシーズンを前に「いい部屋とは何か」について考える機会を作ることが目的。日付は1と18の118で「いい部屋=いい(1)へ(1)や(8)」と見立てて。


記念日の出典
一般社団法人 日本記念日協会(にほんきねんびきょうかい)
https://www.kinenbi.gr.jp の許可を得て使用しています。


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