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春やら夏やら④【連続短編小説】

※前回の「春やら夏やら③」はこちらから

 私は気が向いたそのときに美容院に行く。

 気が向いたそのときに絶対行きたい!となるので、行きつけの美容院を持っていない。行きたいときに予約がとれないとどうしてもイヤだからだ。加えて仕上がりにはこだわりがない。特別可笑しいと思わない限りは十分だと思っている。だからお気に入りの店や担当者もいない。

 髪型やカラーはいまでこそ薄い茶色のセミロングだけれど、これだって、いつだったか、初めて入った店で担当してくれたお姉さんが提案してくれたので、お任せしますと言ってできあがったものだ。変えませんかと言われればあっさり変える程度の私の髪型への気持ち。

 そんなもの、ないに等しい。
 けれど、気は向くのである。

「・・・・・・変えてみませんか」

 駅前に半年前に出来た初見の美容室に来てみたところ、早速の提案だった。私は彼女の質問にいくつか答えただけである。いつも決まったところに行くんですか、前回はいつくらいですか、どんな髪型がお好みですか、あ、ご結婚されるんですね。

 結果、変えた方が良いと彼女が思ったのだろう。

「ああ、ええ、お任せします」

 私は彼女の提案がどんなものか、完成図やイメージさえ聞くことなく承諾した。

「いいんですか」

「ええ、それが似合うと思っていただいたなら」

 私が言うと、彼女はなぜか嬉しそうに微笑み、ヘアカラーのパネルとカタログを取り出して説明を始めた。

 私は上の空だった。

 まもなく考えなくてはならない結婚をどうするか、仕事はこのまま続けるのか、続けるとしてこのままでいいのか。他人まかせにして生きている割に悩むことはしたいらしい。自分でも面倒くさいものだと思っている。けれどこれに関しては、『そう言うものだ』とは思っておらず、もっとうまく器用に悩むことが出来るのではないかと、それこそ悩むのだった。

 そうして、うっすらと気づいている。
 悩んだところで答えなどはないのだ。

 私の場合、他人に任せていることから、それが答えになりやすい。たとえば、結婚するのだろうかと思ったところにプロポーズがくればそれが答えになって悩みは終わる。私はなぜこの仕事をしているのかと思ったとして、学生のころに就職課の人に勧められたから、これが一応の答えになってこれまた悩みは終わる。

 でも、きっと本当はこうではないのだ。

 結婚するのだろうか、なぜだろう、彼でいいのか、彼と結婚して自分はどうなりたいのか、そのためには結婚でよいのだろうか、私はそもそも結婚したいのだろうか。
 そう悩み続け、仮の答えを出しては歩き、違うと思えば修正し、少しずつその道に納得して自分のものになり、やがて背筋が伸びては前を向いて歩き始めるのだ。

 答えのないものに、答えを探りながら進むことがきっとこの世の正解なのだと思う。
 答えがないことが正解。

 そこに、他人の示した道をむりくり答えにして当てはめるから、私には中身の伴わない答えだけが浮かぶのだ。偽の解決である。不正解。
 ちなみに、ある日ポッとその答えを外してしまったら最後、悩んで積み上げた道などないものだから、すぐに最初の底に落ちるのである。

 ポッと外してしまいそうな今、この瞬間。

 外さない方がいいだろうか、それとも外して積み上げなおす、これが最後のチャンスだったりするのだろうか。
 目の前の鏡を見る。そこに写る美容師の彼女の手には切っ先の鋭い鋏が握られた。

 ねぇ、あなたは積み上がっていますか。

 たとえば答えを外して一からその道を積み上げなおすとしたら、私と一緒に今日から始めませんか。

                                                                             続                      -春やら夏やら⑤【連続短編小説】-                                                 7月4日 12時 更新

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