見出し画像

9月2日 くず餅の日

「和菓子なんて若い頃には好きじゃぁなかったのになぁ」

 祖父はそう言いながら、もう何個目か知らないくず餅を口に入れた。彼はこのくず餅が好きなのだ。

「へぇ、じいちゃん苦手だったんだね、和菓子。今じゃ想像つかないけれど」

 僕もくず餅を一つ口に入れる。もっちり柔らかいのに歯ごたえがあり、噛み心地が良い。

「甘いものは苦手だったよ、俺は」

 そう言ってやっぱりバクバク食べるので、僕は思わず笑ってしまう。


 確かに、昔は苦手だったのに、と言うセリフはよく聞く。例えば母はカレーが好きでは無かったが今では好きになったと言っている。父も祖父同様、甘いものが苦手だったが今ではどちらかというと好きな方である(だからこのくず餅は家族分も購入済みである)。

 僕はどうだろう。今苦手で、これから先に好きになりそうなものはあるのだろうか。もしくは幼い頃に苦手で、今では大好きになったもの。祖父の家からの帰り道、そんなことを考えていたが、全然思いつかないのである。

「あ、高杉くん?」

 ぼんやり歩き、公園の中を横切った時、声を掛けられた。振り向くと、そこには白神雪がいた。

「え、あ、ひ、久しぶりです」

「本当、久しぶりだね、元気?」

 僕が心臓をバクバクさせながら返事をすると、彼女は柔らかく笑って座って話そうとベンチを指さした。

 なんと言うことだ。

「もう小学校卒業してから10年くらい?全然会わなかったから、今見つけてびっくりしたよ」

「よく分かったね、僕だって」

「うん、だって歩いているときの癖が変わっていなかったんだもん」

 そう言って、彼女はくすくす笑い出す。

「高杉くん、考え事をしながら歩くときって上を向いて歩くでしょう。もうまさに考え事をしていますって感じで」

 言われてみれば確かにそうなのだ。これまでにも指摘はされたことがある。でもまさか彼女が気づいているとは知らなかった。

「よく覚えていたね」

「うん、初恋だからね、高杉君」

 そう言われ、僕は思わず顔を上に向けた。
    だって、そんなの、僕だって。

「あ、ほらそれ。考えようとしてるでしょう」

「あ、あのさ!」

 図星をつかれ、僕は慌てて持っているものを差し出した。

「一緒にくず餅でも食べませんか」

 差し出してから急に鼓動が高まる。急にくず餅を食べようと誘うなんて、変な奴だと思われるんじゃないか。でも、なんかもう、いたたまれなくて・・・・・・。

「いいの?わーい!嬉しい。くず餅大好きなんだ。あ、これカワイイね、カップくず餅なんだ」

 彼女は手渡したそれを取り、早速開封した。

 あ、食べてくれるのか。そう思い、妙にホッとする自分がいる。

 そうして思い出す。

 幼い頃には苦手で、今は好きになっているもの。

「おいしいね、くず餅」

 彼女はにこりと笑う。その笑顔が昔と変わらず優しくて、僕はやっぱり胸が締め付けられるのだった。

 

 昔苦手だったものって、それはただ、好きなことに気づかなかっただけなのかもしれない。


 ひとまず、帰りにまた家族分のくず餅を買って帰ることにする。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 

【今日の記念日】

9月2日 くず餅の日

1805年(文化2年)に江戸・亀戸天神参道に創業し、「くず餅」・あんみつなどの製造販売を手がける株式会社船橋屋が制定。小麦澱粉を発酵させて作る「くず餅」は、適度なやわらかさとしなやかな歯ざわりで江戸時代から愛されている和菓子唯一の発酵食品。記念日を通して「くず餅」の美味しさをさらに多くの人に知ってもらうのが目的。日付は9と2で「く(9)ず(2)」と読む語呂合わせから。ちなみに漢字で表記される葛餅は葛粉から作られ、主に関西圏で食されている別の物。


記念日の出典
一般社団法人 日本記念日協会(にほんきねんびきょうかい)
https://www.kinenbi.gr.jp の許可を得て使用しています。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?