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5月30日 オーガナイズの日

「あ、もしかして今お悩みがあったりしますか」

 悩みがあるかと聞かれ、ぜんぜんないと答える人はどれくらいいるだろうか。私の頭の中にそう答える選択肢がなかったのは彼女の言うとおりすでに悩みがそこにあり、選択肢さえ入る余地がなかったのかも知れない。

 いっぱいいっぱいでうまく返せなかった。ただ頷くだけである。

 美津子さんはにこりと微笑んだ。

 いつの間にか本棚が整っている。背表紙の揃った棚を見て、頭の中の何か一つがすっと消えたように思った。

「この際なので、お部屋と一緒に頭と心も整えましょう」

 なんとお得な、と思ったのが最初。終わると、そら整うわと納得した。

 美津子さんは単なる「片づけ屋さん」ではなかった。


 彼女は机にノートを広げ、閉じた本の絵をいくつも描き始めた。それが終わると、本棚を描く。ちょうど先ほど片づけてくれたところである。

「本棚があって、本があります。これをこう、適当に立てて収納していくことで本は整理されますし、お部屋も片づきます」

 そう言って今度は本棚の一段目に高さの違う本たちを並べたような絵を描いた。彼女の言うとおり、一応収納は出来ている。

「でも私たちライフオーガナイザーは収納だけが仕事ではないのです。本の分類を調べ、どの順番に、どの段にそれをしまうかを整理し、整え、最終的に収納して完了します」

 絵の中のあいている本棚に丁寧に高さをそろえた本を並べて描いていく。確かに綺麗に整った。

「この、どの順番に、とか、どの段になどを考えるのが、頭の中や心の整理だと思っています。ここもお手伝いできれば幸いです」

 本はたとえ話ですけど。そう言ってにっこりと優しく微笑む彼女に、私も思わずほほえみ返す。

 ノートに描かれた本を指さし、私は話し出す。それも何とも自然に、引き出されるようにして口を開いたのだった。

「この本は仕事が忙しい。こっちの本は自分の勉強不足、こっちはやりたいことがたくさんの本で・・・・・・」

 なんとまぁ、私はこんなにも饒舌だっただろうか。そして思ったよりも頭の中には数多くのものが詰め込まれていたらしく崩れ落ちるように吐き出した。そのたび、頷き、質問し、聞いてくれる美津子さんの安心感が心地よい。

「たくさん抱えていらしたんですね、お疲れさまでした」

 私はそう言われ、どこか胸の奥がじわり温かくなるのを感じた。そしてその瞬間、無性にそれらすべてを片づけてしまいたくなったのだ。

「散らかっていると言うことが明確に理解できると、今度はそれを片づけたくなってくれるのが人間の心理なのかも知れませんね。では一つずつ一緒に整えていきましょう」

 そう言って立ち上がると、彼女は戸棚を開けて作業を始めた。

「心の整理をして、部屋の整理をし、それを維持していくことで暮らしが続きます。それも快適な暮らし。それをサポートするのが私の仕事です。そして今日、明日からその暮らしを続けていくのがあなたのお仕事となります」

 片づけは暮らしと言うことか、なるほど合点がいった。

 彼女に言われたように私の仕事をこなすため、まずはそこのボールペンを筆箱にしまった。

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【今日の記念日】

5月30日 オーガナイズの日

片付けや整理、収納が楽になる仕組みづくりである「ライフオーガナイズ」を普及させることを目的に、一般社団法人日本ライフオーガナイザー協会が制定。オーガナイズとは住居・生活・仕事・人生などのあらゆるコト、モノを効果的に準備・計画・整理することで、アメリカでは以前から認知されている概念。日付は5と30で「ゴミゼロ」と読む語呂合わせと、一年で最も片付けや整理に適した季節であることから。


記念日の出典
一般社団法人 日本記念日協会(にほんきねんびきょうかい)
https://www.kinenbi.gr.jp の許可を得て使用しています。

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