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6月1日 アイデアの日

 あっ、と閃いて、頭の中で浮かんだそれは波のように大きいうねりに乗ってそのまま流れていった。

 次の瞬間にはもうそこにいない。

 何を閃いたのかも忘れてしまったので、きっと何も閃いていないのと同じだろうなぁ。


 私は月に僅かな雑誌連載をいただき、小説を書いている。1200文字前後の超ショートショートを数多く書くことが私の仕事の一つであるが、最近ではそのネタに困っているのだった。
 だから、おむつ替えの時間さえ惜しく、頭の中はいつでもフル回転である。


 何か思いつくことはないかとぼんやり思っていると、手元に掴んでいた細っこい足がバタつく。

「あ、隆くん!ちょっ、動かないで!床に付いちゃうでしょー」

 私は慌てて両足を掴み直し、お尻を上げさせて床にペトリとつかないように苦慮する。

 凄く素敵な考えが浮かんだとて、おむつ替えの渦中ではどうしようもないのである。

 まぁ、大した閃きでもないしね。

 私は投げやりに呟き、息子のおむつを替えを終えた。

『自動替えおむつの話』なんてどうだろう。
 新たに発見された超超超吸収ポリマーと高度な乾燥機能を使い、おむつ内に異物が確認されたら直ちに収納袋が内部に現れ、その口を開く。そこに異物を吸収、乾燥させる。生ゴミ処理機の機能を参考にすれば匂い漏れなんかもクリアできるのではないか。

 そうしてコンパクトになったそれはおむつ外に袋ごと排出され、親や先生はそれを回収して終わり。おむつ替えの手間は無くなるし、おむつの中で感じる気持ち悪さって言うものもなくなるだろう。

 でもそれだとおむつの中の気持ち悪さがない分、子供としてはおむつ万歳!となる。つまり、気持ち悪さを感じないことからいつまでたってもトイレトレーニングが進まない。それが親や先生方の悩みとなる。

 そこで、先生と親がタッグを組み、研究に研究を重ねて出来上がるのが、それだ。

『普通のパンツ』

 結局元に戻るのね、あぁでもおむつは卒業出来たのね、と。


 なーんて。
 起承転結も無ければただの商品化出来ないアイディア商品である。しかも最終的には普通の商品になっちゃっているし。ストーリー、どうするのよ。

 と、言うわけでボツです。

 また最初からネタを考えなければ。
 そう思いながら息子見ると、そこにいない。まだ歩けずにハイハイでいるのに、いつだって移動は素早いのである。

「隆くん、どこかなー」

 鬼ごっこ風に探しているといつの間にかリビングのテレビ台に手を掛け、つかまり立ちをしているのだった。

「すごい!」

 この時期の子供の成長は目を見張るものがある。初めてのつかまり立ち、危うく見逃すところであった。

「あ!」

 そこでまた閃く。

『動くつかまり棒の話』なんてどうだろう。つかまり立ちがなされたらそのままゆっくりと棒が動き始め、歩みを促すという。
 でもってその棒が·······。

 と、閃きついでに気づく。
 閃いて忘れて閃いてボツにして、それでも閃くのだから、日常とはアイディアの宝庫である。

 使えるか使えないかは別として、アイディアを浮かべることは大いなる自由である。
 私は、自由を謳歌するのだ。
 例え何度おむつを替えるとしても。

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【今日の記念日】

6月1日 アイデアの日

「象がふんでもこわれないアーム筆入れ」「水にとける紙をセットしたスパイ手帳」「黄色いスマイルマークの反戦平和キャラクターのラブピース」などのヒットアイデア商品を発売しているサンスター文具株式会社。その創業者の小林三造氏の命日から、この日を「アイデアに挑戦する日」として同社が制定。新製品のアイデア募集の授賞式などを行う。


記念日の出典
一般社団法人 日本記念日協会(にほんきねんびきょうかい)
https://www.kinenbi.gr.jp の許可を得て使用しています。



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