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11月22日試し書きの日

『本当だったら嘘だったのに』


 ぐるぐると円で試し書きをしていたら、うっすらと下に文字が写っているので、はらりとめくるとそれだった。私が書いたその2枚下にある。隠したかったのか、見つけてほしかったのか。とりあえず覚えておくことにした。

 最近気に入りのカフェに入り、いつもの、と言うほど通い詰めてはいないので、アイスカフェラテを普通に頼んで席につく。日曜日の昼過ぎにも関わらず、人は少ない。私のこころは踊る。

 到着したラテにストローをさして一口飲む。やっぱりこの店よりあそこの店のラテの方が好きだなと、若干また後悔をしながら手帳を開いた。

 さすが、試し書きをして選んだボールペン。書く前から気持ちが弾む。別に何を書くわけでもないけれど、さっきの試し書きを想像することにしたのだった。


『本当だったら嘘だったのに』は本当である。

 本当だったら嘘だったのに本当になってしまった、のだと思われる。このような書き置き、基試し書きをするのは大方恋愛に絡む何かがあるのではないか。

 いや、別にもあるか。

 例えば殺人事件。うーん、でもまぁ、例えばもし殺人であったなら、同じ町内に住む私も知らないわけはないので、そうなると事件の線は薄い。

 それでは、友情におけるなにかの仲違いとか?ありえなくはないけれど、果たして書き置き、基、試し書きするだろうか。

 可能性なんて考えればその時間に比例して増えてしまいそうだ。1番可能性の高そうな恋愛で考えてみよう。

 私はようやっとボールペンを走らせた。おお、滑らかな書き心地。いくらだって試し書き出来そうだ。もう買ったのだけれど。


 例えばあの試し書きの書き手が女性だったとする。自分の気になる男性に他の女性との恋の相談をされた。自分にはその相手が彼をどう思っているのかは分からないけれど。慰めるために言うのだ。

「大丈夫、彼女もあなたのことがきっと好きよ」

 これは嘘である。

 けれどその主人公の一言で、彼が何か自信をつけて、どんどん格好良くなったりして、それによって彼の恋の相手がその後にでも振り向いてくれたなら、その瞬間、主人公の言葉は本当になる。そうして傷つくのだろう。

 傷心の彼女はその心の内を書き留めるべく、ノートあるいは日記帳、それと併せてペンを買おうと思ったのだ。そして先の文房具店に入り、いくつかのボールペンをくるくると試しているうちに、くるくると書いたその波に乗り、自分の気持ちが溢れてきたのかも知れない。けれどそれをそのまま1番上の紙に書いてしまえば、誰の目にも映ることになる。それは避けたくて、けれどいつかどこかの誰かが、本当と嘘で傷ついた自分に気付いてくれるように、試し書きの紙の、上から何枚も下に試し書きをしたのかも知れない。それは上から数えて10枚下かもしれないし、私が発見したまま2枚下なのかも知れない。

 分からない。分からないけれど、彼女がそこで試したかったのは書き心地などではなく、己の心地だったのかも知れない。


……知らんけど。


試し書きは一文で本になる。

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【今日の記念日】
11月22日 試し書きの日

試し書きコレクターの寺井広樹氏が制定。文房具店にある筆記具の試し書き用紙に隠された魅力を広めるのが目的。日付は寺井氏と3人組ロックバンド「the peggies」(ザ・ペギーズ)のコラボレーションで誕生した「I 御中~文房具屋さんにあった試し書きだけで歌をつくってみました。~」の配信開始日(2017年11月22日)に由来する。


記念日の出典
一般社団法人 日本記念日協会(にほんきねんびきょうかい)
https://www.kinenbi.gr.jp の許可を得て使用しています。

 

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