10月9日とく子さんの日
僕の勤める会社には、業務におけるどんな質問にも的確に簡潔に答えてくれるとく子さんと呼ばれる女性社員がいる。
「とく子さん!エクセルのマクロが上手く作動してくれない」
誰かがこう言えば。
「それはここを変えればいいですよ」
そう言って、鮮やかな手付きでキーボードを叩き、それを完成させる。
「あと、この一覧を作るならこっち使った方が使いやすいですよ」
「え、あ、本当だ!って、あれ?」
気付けばそこにはもうおらず、残されたのは抜群に使いやすくなったExcelシートと新たにそのマクロや関数を知った社員だけ。聞いたことにプラスαして返答してくれる、それがとく子さんなのだ。
本名の「相田徳子(あいだのりこ)」と言う名前の読み方を文字り、『とく子さん』と呼ばれるようになった。
「お、お得だ」
助けてもらった社員は大体こう言うとか言わないとか。
このようにしてとく子さんは我社のいろんな問題を瞬時に解決してくれる。それはなにもPC作業だけではない。例えば社内におけるオフィス備品の管理や配置、カラーコーディネート、社長室に生ける花を活けたり、様々なことを担っている。それぞれ専門の資格を有しているため、信頼されているのだ。そんなとく子さんと僕は同じ総務部に在籍している。彼女が2つ上の先輩で僕は後輩だ。
「相田さん、そろそろお昼に行きませんか」
僕が声を掛けるととく子さんは微笑み、行きましょうと席を立った。
「いいですね、行きましょうか」
二人揃って席を立ち、部署を出る。何を食べたいかと聞きながらビルを出て、昼間の日の光を存分に浴びながら並んで歩く。週に1度の外ランチ。
「うーん、どうしよう。パスタは昨日の夜食べたし、ハンバーグは一昨日食べたから……」
一人ぶつぶつとつぶやきながら歩く彼女の先には赤信号の横断歩道。僕は少し急いで彼女の前に出てその足を止めた。
「危ないですよ」
「あ、ごめんなさい」
叱られた子供のように僅かに項垂れて見せる。そうかと思えば急に何かを思い出したようにして顔を上げた。
「お財布忘れた!!」
ちなみに今月2回目。
「大丈夫です。僕、出せますから」
そう言って歩みを進めた。ごめんね、とまた情けない声で言うので僕は思わず微笑む。
とく子さんはこの通り、こと業務外の事柄に関してはまったくテキパキ出来ないでいる。おっとり、と言えば聞こえは良いけれど、言ってしまえば少し抜けている。
「では今日はお蕎麦にしましょう」
僕がそう言うと安心したように笑って僕の後ろを付いて歩く。そう言えば、と僕も思い出して言う。
「去年のうちの電気代、6000円もお得でしたよ」
「凄い!嬉しいね。やっぱりポットを換えたからかなぁ」
振り向くと、キラキラと太陽の光を背負ったとく子さんの笑顔がそこにあり、僕もつられて微笑む。
色んな人がとく子さんに助けてもらって、お得だと喜んでいるけれど、彼女のこの笑顔のそばで毎日暮らしている僕こそが1番得をしているのだ。
「節約して、早くマイホーム買いましょうね」
間もなく僕らは結婚する。
おとくは続くよ、どこまでも。
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【今日の記念日】
10月9日 「とく子さん」の日
タイガー魔法瓶株式会社が省エネパワーが高いVEポットの自社ブランド製品の「とく子さん」をPRするために制定した日。電気代が6000円もお得(とく)になることから名付けられた「とく子さん」にちなみ、日付は10(と)と9(く)の語呂合わせから。
記念日の出典
一般社団法人 日本記念日協会(にほんきねんびきょうかい)
https://www.kinenbi.gr.jp の許可を得て使用しています。
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