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12月30日サワーの日

『とりあえずビール』

 やや憧れを持っていた台詞であるが、30歳になった今も僕はそれが言えないでいる。

「だって、ビールったら苦いんだもの」

 僕がいつものソレを飲みながら愚痴を吐くように言うと、神田がビールを飲みながら笑う。

「にんげんだもの、みたいに言うなよ」

 実際にんげんだけど。そんなことは返さずにゴクゴクと飲んでいると僕のグラスはすぐに空になった。

「すみません、おかわりください」

 目の前のタブレット画面越しの神田もどうやらちおかわりのようだ。背中が映る。

 最近はオンライン飲み会が流行っている。それに伴い、オンライン飲み会OKの居酒屋も増え、僕がいるこの居酒屋もそうだった。1人用の小さめの個室がいくつかあり、そこでオンライン飲み会を開催するのだ。同じ店内でも遠距離でもOK。ちなみに神田は同じ居酒屋の別店舗から参加中である。

 家でやればいいものだが、仕事帰りに誰かと飲みたい時や、家で酒やつまみを用意するのが面倒な時もある。こういう居酒屋であれば、料理は普通に注文できるので、その面倒は不要である。神田と僕はこうしてたまに二人でオンライン飲み会@リアル居酒屋で開催している。

「で、君はいつものようにサワーをおかわり?」

 神田がいたずらに聞く。僕はカメラに向けてグラスをぐいと見せた。

「極上レモンサワー!」

 グラスの中でパチパチと細かな泡が弾け、キレイな透明のサワーと氷がクルクルころころとジョッキの中で楽しそうに踊る。

 神田は、やっぱりな!と笑い、2杯目のビールジョッキに口をつけた。

 僕にとってビールは大人の飲み物だと思っている。いや、もちろんサワーだって大人の飲み物だ。それに僕は、僕と言うか私は立派な30歳であるので、ビールを飲むに値する(?)大人なのである。だが、しかし。子供の頃に父のビールの泡をこっそり舐めたときの苦味が記憶に残り、ビールは苦いと思ってしまったままなのだ。

「ビールは上手いけれどねぇ」

 神田はまたビールを飲み、つまみにだし巻き卵を食べてまた飲んだ。なんだかそのだし巻き卵が美味しそうで、ついでにビールも美味しそうで、少し気合を込めて僕も注文してみた。

「だし巻き卵頼んだ?じゃあ俺も極上レモンサワー頼んでみようかな」

 店員さんはすぐに持ってきてくれた。だし巻き卵を食べると、ほふほふと柔らかな卵からじゅわりと出汁が滲み出し、それが舌の上で広がる。広がって、染み入る。

「だし巻き卵、うっ」

 『ま!』と言おうと思ったら。

「極上レモンサワーうま!!!」

 神田が先に言う。その表情が本当に美味しそうだったので、僕は嬉しくなった。

「だろ!そうなんだよー!この極上レモンサワー、めっちゃ上手いの!それ、瀬戸内レモンのやつでしょ?次は丸おろしレモン頼んでみて!」

 まるで自分の商品のようにアピールし、そこでハタと気づく。

 ビールが、嫌いなのではない。

 サワーが好きなのだ。

 そう考えるとなんだか、このままでいい気がする。

「とりあえずレモンサワーで!」

 来年からの飲み会はこれで行こうと決めた。

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【今日の記念日】
12月30日 サワーの日

京都府京都市に本社を置き、焼酎、清酒、ソフトアルコール飲料、調味料などさまざまな商品の製造、販売を手がける宝酒造株式会社が制定。甲類焼酎を炭酸で割って飲む「サワー」をもっと多くの人に楽しんでもらい、サワー市場全体を盛り上げるのが目的。日付は一年を通じて月末に同僚や友人、家族と一緒に「サワー」を飲んで絆を深めてほしいとの想いと、30を「サ(3)ワ(輪=0)ー」と読む語呂合わせから毎月30日に。

記念日の出典
一般社団法人 日本記念日協会(にほんきねんびきょうかい)
https://www.kinenbi.gr.jp の許可を得て使用しています。







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