9月29日 招き猫の日
私は息を吸い込んだ。ゆっくりと吐き出す。そうして、少しだけ背中を丸め、右手を軽く握り、こめかみあたりまでそっと手を上げる。顔はあくまで真顔。
そして私は、握った右拳を軽く傾げさせて、小さく口を開く。
「にゃあ」
早朝の家の中で1人、そうつぶやくとふつふつと可笑し味がこみ上げてくる。
私は、招き猫になる。
はい、幸せ。
「にゃあ」
昨日は在宅ワークの日だった。途中、仕事部屋を出てトイレに向かおうと玄関を通ると5歳の娘が鳴いていた。
「・・・・・・猫?」
私は誰でしょうクイズか何かだと思い、私が答えると娘は真顔のままふるふると頭を横に振る。よく見ればグーの形をした右手を耳より上に上げている。ああ、分かった!
「招き猫だ!」
私が答えると、娘は嬉しそうに表情を崩し、にこりと笑った。
「正解!ママ、おうちに招き猫さんがいないからね、キミちゃんが招き猫になってあげるね」
私はありがとうと言って彼女を抱きしめ、少し休憩しようと言って台所に向かった。
「なんで招き猫なの?」
インスタントコーヒーに湯を入れながら聞いてみる。相変わらず猫の真似をしているようで、時々にゃあにゃあと言いながら答えてくれた。
「幼稚園の本にあったの、招き猫さんは幸せを呼んでくれるんだって」
そう言うと、右手を上げて傾げた拳をゆらゆらさせた。
「そうだね、昔から招き猫は幸せを招いてくれるって言うしね。では招き猫さん、幸せなおやつにしましょうか」
私は台所から持ってきたリンゴジュースとミニたい焼きをテーブルに置く。
「あ、お供えしてくれるんですね。ありがとうございます」
お供えなどという言葉が分かるのか。意味は知っているのか分からないけど、それでもいろいろ知ってきたんだなぁと妙にしんみり感じた。
「お供えもくれて、ママはいつもお仕事を頑張ってくれているので、お礼に幸せを教えてあげますね」
彼女はそう言うとまたにこりと笑う。
幸せをくれるのではなく『教えて』くれるの?
私は不思議に思いながらそのまま聞いていた。
「まず、右手を上げてください、ああ、耳よりも少し上までね。そしてこの手を・・・・・・」
そうして教えられたのは幸せと言うよりも招き猫の真似の仕方である。
「はい、完成です。じゃあ鳴いてみてください」
「・・・・・・にゃあ?」
私がおそるおそる鳴いてみると、なんと彼女は爆笑したのである。
「ママ!面白いね」
「ちょっと!キミがやらせたんでしょう」
私は招き猫もそこそこに彼女を抱きしめた。温かいたい焼きを食べているせいか、彼女の体はじんわりと温かく、心地よい。
「ね、笑っちゃうでしょう、これやると」
「笑っちゃうって言うか、笑われたけど」
私が言うと、彼女は私を抱きしめ返した。
「これが幸せなんだって」
そう言って、やっぱり彼女はドヤ顔で笑った。
だから私は今日も彼女に教わった招き猫の真似をする。
何とも面白いことを考える娘がいると言う、それだけでも私は幸せなのだと思わず顔がにやけてしまう。
さて、今日も1日頑張ろう。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
【今日の記念日】
9月29日 招き猫の日
招き猫は福を招くといわれているところから、9と29を「来る福」(くるふく)と読む語呂合わせで、招き猫の愛好家の団体である日本招猫倶楽部が制定。日本ならではの縁起物として知られる招き猫は右手を上げていると金運を招き、左手を上げていると客を招くなどといわれ、広く庶民に愛されてきた。招き猫の魅力をアピールし、多くの人に福を招いてもらうのが目的。
記念日の出典
一般社団法人 日本記念日協会(にほんきねんびきょうかい)
https://www.kinenbi.gr.jp の許可を得て使用しています。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?