![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/39359254/rectangle_large_type_2_14781b7af3fdfcf109ed7a0e96be1e8f.jpg?width=1200)
11月23日ストレスオフの日
(いつもより長いです。※2400字程度)
男の人の涙を綺麗だと思ったのは初めてだった。
彼氏である陽介は、ここ半年頑張っていた。初めて企画が起用されてそのチームリーダーとなり、各担当者6人のメンバーが彼の元に集まった。彼はとても興奮していた。それと同時に大変なプレッシャーも感じていたことだろう。
5歳年下の私だけれど、ずっと近くにいたのだ。彼の気持ちは手に取るように分かる。
私が入社したとき、彼がメンターとして私の教育係を担ってくれていた。責任感が強く、真面目で実直、けれどいつも優しい雰囲気のある良い先輩である。私も彼のような人になりたいと思い、その背中を追った。5年経って、その背中に触れることができるようになるとは思わなかったけれど。つまり、私は彼をずっと見ていたのだった。
半年前から企画されているそれは、大手菓子メーカーを集めたイベントである。日程調整に会場予約、当日の内容やスケジュールを組み、進めていくが、なかなかスムーズにいかなかったようだ。
けれどいつでも彼はまっすぐ前を向いていた。社内で見るといつも快活に笑っていたし、会議の場ではもちろん真剣な顔をしている。つまり、いつも彼は笑っているか真剣でいるかのどちらかで、だらりと砕けた表情や、泣いている姿を見せることはないのだ。
「ただいま」
終電間際に帰宅した彼が、小さな声で言った。
何となく同じ声量で、私もおかえりなさいと言う。本番を来週に控える今週はほぼ毎日このくらいの時間である。昨日も今日も休日出勤だ。
「大丈夫?」
私が心配して聞くと、彼はいつものように大丈夫だと優しく笑って言う。その嘘が分かって、私は悲しくなった。
大丈夫なわけがない。そして、大丈夫じゃないなんて答える彼ではない。全て分かっていたのに聞いてしまった。その後悔で涙が出る。
「どうしたの」
彼はクローゼットに服を掛けている。私に背中を見せているのに私が泣いていることを知っているようだった。
「最近、無理が続いている気がして心配」
極力、涙声にならないように小さく深呼吸をして私は答えた。彼はゆっくりと振り返ると、やっぱり微笑む。
「そうだね、さすがにちょっと疲れたかもしれない」
少し困ったように微笑むので、きっと私の為の笑顔なのだろうと思うとまた泣けてくる。彼はそっと私の元にくると、心配かけてごめんねと頭を撫でてくれた。
「少し休もうかな」
そう言うと、彼はテレビの前に座った。
「テレビ見るの?」
「うーん、映画見るよ」
どちらでもいいんだけどねと言ってリモコンを持ち、電源を入れた。丁度先週録画しておいた映画があったと言い。それを再生した。
「驚かないでね」
彼はそう言うと照れるように微笑む。驚くとは何がだろう。思いながらも彼と同じくテレビに目を向けた。アクション映画が再生される。映画を見ることが彼のストレス発散方法なのか。では驚くとはなんだろう。一周回ってまた考え始めたその時、ふと彼の顔を見ていると、彼の左目からつーっと滴るものがある。ああ、涙だ。なんて綺麗な涙だろう。
彼は泣いていた。泣いていたと言うよりも、静かに涙を流していた。初めて見るその姿に私は少し嬉しくなる。
30分ほど、彼は泣き続けていた。
「ごめんね、びっくりしたよね」
テレビに顔を向けたまま彼は言う。私は首を振ってそんなことはないと答えた。彼は私に顔を向けると、満面の笑みを見せた。
「ああすっきりした!」
「え、見ないの?」
私が驚いていると、彼はテレビを消してゴシゴシと流れた涙をタオルで拭いた。
「俺ね、疲れた時は涙を流すんだ。涙にはストレス物質が含まれていて、それをただただ流すことでストレスとか疲れを流す」
何となく聞いたことがあるのを思い出す。『涙活』と言うものがあるらしい。敢えて泣ける映画を見ることで涙を流し、彼の言うようにすっきりとすることを目的とするものだ。彼はそれを行っていたと言う。
「俺の場合、映画の中身を見て泣くと言うよりは映画=ストレス発散で泣けるものってイメージが最近ついちゃってるから、つけた瞬間もう泣く準備に入ってるかも。疲れたなと思ったら、大体いつもそうして涙を流してスッキリしていたんだけれど、今回はそれも忘れていたから結構疲れがたまっていたかもしれない」
彼の顔を見ると確かにさっきよりも明るくなっている気がする。
「まあそれでも身体的な疲れはとれないから、やっぱりそれは眠ることでしか回復しないのだろうけれど、メンタル的なところは多分、自分で好きなように回復させられる気がする」
俺の場合はね、と付け加えて笑う。
「今までもやっていたの?」
「うん、紗英には内緒でこっそりね」
「なんで今回は見せてくれたの」
「見せたってこともないんだけれど、でも、まあそうだなぁ。これからもずっと一緒にいるって考えたらいつまでも内緒に出来ないし、俺の弱いところも見せておかないと、紗英も見せられないだろうなと思って」
私は『これからもずっと一緒』と言う言葉に喜んで引っかかる。私とのこの先をもっと長く考えていてくれるのか。
「私はいつも弱いところとかダメダメなところばっかり見せている気がする。でも、そうだなぁ、陽介の新しい一面が見られた気がして、今すこし嬉しい」
私がそう言って笑うと、彼は困ったような顔をして笑う。
「つまりさ、ずっと一緒にいようってことなんだけど」
「え?私もそのつもりだよ」
「そのまたつまりさ、結婚しようってことなんだけど」
やっぱり困った顔で笑う。私は驚き、何も返せない。
「ああ、もちろんこのイベントが終わったら改めてプロポーズするけれど、どうしても今ちょっと言いたくなった」
照れるようにしてふいっと背中を向けた。
私は追いかけていた背中にそっと触れて、返事をする。
「これからは泣くときも一緒にしてね」
そう、つけ加えておいた。
涙を流してストレスを無くせば、そこに幸せが入り込んでくるかもしれないと、私も静かに涙を流す。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
【今日の記念日】
11月23日 ストレスオフの日
オリジナル化粧品「メディプラス」事業を展開する株式会社メディプラスが制定。ストレスオフを意識する活動(オフ活)や、ねぎらいの気持ちを贈りあうことでストレスを軽減するなど、ストレス対策の意義を呼びかけ社会に笑顔を増やすのが目的。日付は互いにねぎらいあうことを趣旨とする「勤労感謝の日」と同じ11月23日に。
記念日の出典
一般社団法人 日本記念日協会(にほんきねんびきょうかい)
https://www.kinenbi.gr.jp の許可を得て使用しています。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?