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11月15日のど飴の日

 私は、人前で自社商品をプレゼンする仕事をしている。大勢の人の前、もしくは2、3人の少人数だったりその時々で違うけれど、その場にいるどの人にもきちんと届くようにと大切にしているものが、私の声である。

 だがしかし。

「どゔじよゔ」

 その武器は今、ガラガラである。

「これ、道中舐め続けて」

 隣の同僚がのど飴をくれた。早速1つ口に入れ、私が笑ってガラガラ声でお礼をすると、痛々しいわと笑われた。

 11月も半ばに入り、ここ数日で急に寒くなった。もちろん乾燥には気を付けているつもり。それでもどうしたって、不調の日はある。情けないけれど仕方ない。でも分かっていてもおちこんでしまう。

「いっでぎます!」

 時間になり、ガラガラ音の濁音が多少は減ってきたことを確認し、出発した。

 

 商品のプレゼンは、台本があればある意味『誰でもこなす』ことが出来る。ただ、『こなす』のではなく、そこに意味と効果をつけるには、やはり人を選ぶのではないかと私は思う。だから、いつだって私の中の全力を尽くしたい。

 そのために、電車の中で私は黙々とプレゼン資料を読み、イメトレをする。けれど、今日は何度目かの咳でその集中も途切れてしまう。ため息をつき、さっきもらったのど飴でも舐めようとかばんを開ける。

 が、見当たらない。

 そうだ、持っていこうと思って小さなポーチの中に入れ、それごと机に忘れてきた。

 ついていない。ついていないと言うか、情けない。私は目を閉じ、やはりため息をつく。

「車内販売です」

 通路の先から声がした。私はすぐに目を開けた。まるで彼女が一筋の光のように見え、私は勢い手を上げる。彼女はにこりと微笑み、目のまえに来てくれた。

「すみません、のど飴ありますか」

「申し訳ございません。お取り扱いしておりません」

 お姉さんは言葉通り申し訳なさそうに言う。そりゃそうだよねと思いながらもやはり残念である。ではお茶くださいとお願いする。すると彼女は何か思い出したのか、少々お待ちくださいと言ってその場を離れた。

 お茶の在庫がないのだろうか。どうしたものかと考えていると、お姉さんはすぐに戻ってきた。

「これ、もし良かったらどうぞ」

 お姉さんは私に手のひらを開いてみせる。そこには5つの個装のど飴。

「私ののど飴、おすそ分けします」

 彼女はそう言って優しく微笑む。さすがに申し訳ないと思い返そうとするが、それもまた返された。

「お見受けするに、人前でお話しされるのでしょうか。私もこのような仕事なので、同じく喉は大切なのです」

 そう言ってまたにこりと微笑む。イメトレ、僅かな間に見られたのかも知れない。私はお言葉に甘えることにした。どこか彼女のことを、同じものを大切にしている同士のように思えて急に心強くなる。

「私、のど飴って、色んなものをリセットしてくれるお薬だと思っています。どうぞ、気を新たに頑張りましょう」

 彼女はのど飴と一緒に私の注文したお茶をテーブルに置き、去っていった。頑張って、ではなく頑張りましょう、がとても嬉しかった。

 もらったのど飴を早速食べると、私の好きな懐かしい梅の味。目を閉じて、リセットする。

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【今日の記念日】

11月15日 のど飴の日

1981年(昭和56年)11月に、日本で初めて商品名に「のど飴」と名のつくのど飴「健康のど飴」を発売したカンロ株式会社が制定。2011年の発売30周年を記念したもの。日付は発売月の11月と、11月中旬より最低気温が一桁になりのど飴の需要期になること、11と15で「いいひと声」と読む語呂合わせなどから。


記念日の出典
一般社団法人 日本記念日協会(にほんきねんびきょうかい)
https://www.kinenbi.gr.jp の許可を得て使用しています。

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