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駅前のバス停で

小田急沿線のワンルームマンションに一人暮らしをしていた頃。
一日の仕事を終えて、
駅から自宅に向って駅前のロータリーを歩いていた時のことです。

私から少し離れた前方に、若い母親と小さな男の子が歩いていました。
元気そうな男の子は、3歳から5歳くらいでしょうか。
手を繋いだ母親を見上げながら、一生懸命何か話しています。

親子がバス停に近付いた時、
突然、男の子が母親の手を放して走り出しました。
母親はその後姿を眺めながら、早歩きで追いかけます。

このバス停には、待合室もベンチもありません。
4,5人の乗客が、バスを待っていました。
母親は男の子に追いついた所で、
バス停に並んでいた高齢男性に頭を下げています。
私は微笑ましい光景だなぁ…と思いながら、歩いて近付いて行きました。

おや?
何かあったのかな?
母親は男の子の手を握りながら、高齢男性に何度も頭を下げています。

「どうしてくれるんだ!」

高齢男性の怒鳴り声が聞こえました。
何度も頭を下げている母親に、執拗に謝罪を求めている様子です。

「どうかしましたか?」

私が声を掛けると、若い母親は困ったような表情でこちらを見ています。
男の子は怯えた表情で、母親の後ろに隠れる様に事態を見守っています。

「子供が、足を踏んだらしくて…。」

高齢男性は、威嚇するようにこちらを睨みつけています。
どこにでも居るような、定年を過ぎたような、少しくたびれた男性です。
バスを待つ他の乗客は、見て見ぬ振りをしています。

「謝ってるんだから、もういいじゃないですか。」

私がそう言うと、高齢男性は大きな声で怒鳴りながら、
威嚇するように詰め寄ります。

「そうはいかないね! 足、踏まれたんだぞ! どうしてくれるんだ!」

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