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インドネシア滞在記⑪忘れられない山登り

 ある日、森林学部の友達と話しているときにふと「そういえばアンは山登りは好き?」と聞かれた。私は子供の頃に両親や弟とおじいちゃんと一緒に日本アルプスや富士山を登ったこともあったので、山登りは好きだし日本でも昔よく登っていたよと答えた。その友人は体が大きくて目と顔がまん丸で、ちょっとお調子者の男の子で名前をチャヤ(cahya)といった。どうやら今度5人で登山に行く計画を立てているらしく、イサという女の子も来るのでよかったら一緒に来ないかと誘ってくれた。場所はグヌングデパングランゴと言って、ボゴールの南にあるスカブミとチアンジュールという街の境目にある国立公園だった。「グヌン」とはインドネシア語で山という意味で、この国立公園はグデ山とパングランゴ山の2つが連なってできており、鳥類などの珍しい生態系や、滝や湖といった美しい景観が特徴の、地元では有名な登山スポットだった。
 私はちょうど、修士論文の調査地の候補としてもこの国立公園が気になっていたので、これはいい機会だと考えて2つ返事でOKした。その話を横で聞いていたアグスは早速何やら心配を始めていたが、私は全然話を聞かず、張り切ってわざわざ登山用のリュックまで購入した。

 登山当日は朝3時頃にボゴールを出発し、チャーターした車に皆で乗りあって、眠い目を擦りながらグヌングデパングランゴ国立公園を目指した。登山口は3つあり、その中の「グヌンプトゥリ」という登山口から我々はグデ山の頂上へアタックをすることになった。標高は2958mと、かなり本格的な山登りになるため日帰りは難しく、山の途中でテントを張って一泊キャンプをしてから早朝に山頂を目指すという作戦がチャヤから告げられた。レバランを乗り切った私は、あれよりキツイものはそうそうないだろうと自信をつけていたので、気合を入れて親指を立てながら「OK」と答えた。

 日の出前には登山口に到着し、まだ暗く辺りは霧がかって薄暗い中、私たちは山登りを開始した。綺麗な青色で有名な観光スポットの湖はなぜか茶色く濁っていて全然青色じゃなかったけど、巨大な南国の大木を見上げて鳥の鳴き声を探したり、好きな漫画の話で盛り上がったりしながらの登山はすごく新鮮で、なかなか楽しかった。
 朝早くに出発したこともあり、まだ明るいうちにアルンアルン(Alun-Alun)と呼ばれる広場に到着した我々はそこにテントを2つ張ってその日の寝床を確保した。アルンアルンはひらけた平地になっていて、他の登山客もみんなここで同じようにテントを張っていたので心強かった。久しぶりのテントや、携帯式のガスコンロで作るキャンプ飯や、外で飲む甘いインスタントコーヒーにもテンションが上がったが、なによりこの広場一面には、エーデルワイスの花がこれでもかと咲き乱れており、素晴らしく贅沢な景色だった。

 日が暮れ始めると、だんだん雲行きが怪しくなってきてゴロゴロという雷とともにあっという間に土砂降りになった。そりゃインドネシアだし雨も降るよなぁと思いながら私とイサは二人でテントに雨除けのカバーをかけて急いで中に逃げ込み早々に寝袋にくるまって眠りについた。ところが雨はなかなか降り止まず、私は背中に冷たい感触を感じて飛び起きた。気づけばテントの床は水浸しになっていて、どうやらテントのどこかに穴が開いていたらしく雨がどんどん中に入ってきて洪水みたいになっていた。標高が高く、外気温も相当低かった上に冷たい雨でパンツまでびしょびしょになっていたが、同じくビショビショになってしまった寝袋にくるまるしかなす術もなく、何度もテントの水を外に組み出しながら、2人でガタガタ震えながら一睡も出来ずに祈るように朝を待った。唇は紫色になり手と足の感覚も無くなっていて、体の芯まで冷え切っていたので頭もボーっとしてきて、常夏のインドネシアで凍死なんてかっこ悪すぎると思いながら、必死で体を丸めていた。

 朝にはようやく雨が上がり、チャヤが早朝に元気に起きて来て、目を輝かせながら山頂アタックをして日の出をみに行こうと言い出した。勘弁してくれよと思いながらも凍える体を引きずって、なんとか山頂まで登ったが既にしゃべる気力もなくなっていて「全然元気がないけど一体どうしたの?」とチャヤに聞かれたが、本当にインドネシア人はみんなタフだよなぁ…とぼんやりした頭で半分呆れつつ感心しつつで、「ティダアパアパ(大丈夫)」と答えるだけで精一杯だった。

 帰りはチャーターではなくアンコットを乗り継ぎ、お決まりのように渋滞にハマりながら何時間もかけてボゴールに戻った。部屋のベットに倒れ込みながら、なんで私はインドネシアに来てからというもの、こうもハードなことばかりしているんだろうかと考え、自分でも不思議で仕方なかった。そして、テントが水漏れして凍え死にかけた話はアグスには内緒にしておこうと思いながら、15時間くらい夢も見ずに眠り続け、しっかりと風邪をひいた。

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