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「そして、バトンは渡された」レビュー

最近話題になっている「そして、バトンは渡された」を観た。原作は瀬尾まいこの小説。上映終了日が迫っていたため夜中の上映に滑り込みで観たが、すごく面白かったので無理矢理観た甲斐があった。

いつにも増してネタバレ全開(しかもネタバレを観ると面白さが半減しそう)なので、未鑑賞の方は読まないほうが良いです。


伏線の回収が気持ちいい

全体の構成がしっかりしていて、伏線や違和感が綺麗に回収されるのがすごく気持ちよかった。原作の小説の緻密さ、丁寧さが感じられる。
前半はみーたんと優子のそれぞれの日常が描かれる。ここは叙述トリック(映画だからそうは言わないかもしれないが)で、みーたんと優子が別人であるかのように描写されていたので、途中で2人が同一人物であることが明かされた時は「やられた!」と思った。なんとなくそんな気がしないでもなかったのだが、カモフラージュがうまいので気づけなかった。ただ、二人が同一人物だと明かされた時点ではまだ多くの違和感が残されている。梨花がなぜ自由奔放に行動するのか、森宮さんが食事に誘った相手は誰だったのか、などだ。
後半は「バトンが渡された」描写がなされていく。タイトルにもある通りこれがメインテーマなので、これを描くための準備に前半部分があったといえるだろう。後半ではさらに梨花の病気のこと、泉ヶ原さんがなぜ梨花と結婚したのかなど全ての違和感が綺麗に取り払われ、気持ちよく映画を見終えることができた。映画を観た後は大抵気になる部分ばかりが頭に残るので、こんなに鑑賞後が爽快なのは久しぶりだ。

これは早瀬君の物語だった

映画を見ていれば中盤当たりから自然と、バトンが「優子に愛を与える役目」を指していることに気づく。
さらに「そして、バトンは渡された」というタイトル、冒頭の森宮さんの「運動会でバトンをうまく渡せなかった事のトラウマ」に関するナレーションが入ることからも、この映画は森宮さんが今までのバトンを受け継ぎ、優子に愛情を込め、そしてどのようにバトンを渡すのかの物語かと思わされていた
だがこれもまんまと瀬尾まいこにしてやられたのである。もちろん森宮さんは重要な登場人物の一人。しかし、主人公は早瀬君である。
この映画の最後では父親3人が結婚式に集まり(胸アツ!)、現在バトンを握っている森宮さんがヴァージンロードを歩き、優子を託すという形で早瀬君にバトンが渡される。その締めは「そして、バトンが渡された」という「早瀬君の」ナレーションだった。
そう、森宮さんから見て「バトンが(彼に)渡された」のではなく、早瀬君から見て「バトンが(僕に)渡された」のだった。これは、今までつながれてきた愛のバトンを早瀬君が認識し、そしてそれを受け継ぐ決心の物語だったのだ。思えば、早瀬君は優子に付き添って歴代のお父さんに会い、生みの母親の線香を上げ、梨花の話も全て聞いていた。早瀬君はその歴史の重みと優子の中にあるたくさんの愛の重大さを知り、受け止め、そして繋いでいく覚悟を決めた。最後まで観る側を良い意味で裏切る、素晴らしい結末だったと思う。

梨花の行動について

「自らの死を悟った人が、愛する人にそれを知られないように振舞う」という描写は多く見られるが、俺は以前からこれに懐疑的だった。
例えば「自分が死んだ後に、自分のことは忘れて新しい人生を歩んでほしい」と思うあまり、愛する人に冷たい態度をとるという描写はよくあるが、「いや、普通に最後の時間を幸せに過ごしたほうがお互いにとっていいだろう」と思わないだろうか?死ぬ側が勝手に相手の気持ちを推測しているだけでありがた迷惑というか、斜め上の優しさを押し付けているように感じてしまうのだ。
ただ、そんな俺でも今回の梨花の行動はそれなりに理解できる。死んだことも伝えない、絶対に元気な姿しか見せないというのは少しやり過ぎなようにも感じるが、優子の実の母親はすでに亡くなっているのだ。母親が二度もいなくなるようなことがあれば優子が傷つくから、という梨花の理屈は、割と理解できるものだった。

気になったところ

最後に気になる点をいくつか。重箱の隅をつつくようなことばかり書くので、読まなくても大丈夫です。

〇優子につらく当たっていたクラスメイトが短期間で、しかも大した理由なく優子に同情して仲良くなり、最終的には結婚式に同席するまでになっている。明らかに不自然。ただおそらく映画の尺に収めるために削っただけで原作ではもう少し深堀りされているのだろうから、これは仕方ない。

〇エンドロールで歴代の父親3人と梨花の遺影、そして新郎新婦で取った写真が載せられていたが、どうせなら生みの母親の遺影も欲しかった。「愛のバトン」の話なのだから、そのバトンを一番最初に持っていた生みの母親をそこに入れるのは必須だろう。最後までそこはこだわってほしかった。

〇最後のシーン、森宮さんが「今まで僕がバトンを繋いできた、次は君の番だ」というセリフがある。これは少し説明的過ぎないだろうか。優子というバトンを繋いできたことは今までの描写で明らかだし、そこまで丁寧に言わなくても、早瀬君の「そして、バトンは渡された」という最後のセリフだけで十分ではないか。全てを見せるのではなく、多少は隠したほうが良いという日本人的な美学。まあこれは個人的好みでしかない。

〇セリフがくさすぎる。小説やアニメだと違和感はないのだが、映画になると一気に言葉遣いや言い回しが気になる現象ってあるよね特に、水戸さんがみーたんに書いた手紙の内容を早瀬君が告げるシーン、「みーたん、元気かな、風邪ひいてないかな…そう言っていました」…さすがにこのシーンは背筋がブルっとした。手紙を読み上げているとかではなく、会話の流れの中で唐突の朗読タイム。こんな奴がいたら怖いだろ。しかもそれのアンサーで水戸さんの奥さんもみーたんの手紙を朗読し始めたので「おいおい…」と思ってしまった。
他にも明らかに小説的な単語のチョイスや言葉遣いがちょくちょく見られ、引っかかる部分は多かった。これも小説原作の難しさかもしれない。セリフをほいほい変えるわけもいかなそうだし。

とはいえ、これらは些細な事に過ぎない。全体的にはすごく面白い映画だった。小説の緻密な伏線とその回収を、映画で見事に再現していた。素敵な映画だったと思う。

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