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付き合うのが死ぬほど怖い。


別れたくないから付き合えない。
結婚すると思った人じゃないと付き合えない。
好きという気持ちだけじゃ付き合えない。

これは、わたしが小学生ぐらいから言ってる恋愛に対する価値観。

なんでこのような考えが生まれたのかはわからないし、いまだにそう思っているし、これからもそう思うのかもしれない。軽い気持ちで、好きという気持ちだけで付き合える、そんな恋愛がしてみたかった。


でも、そろそろ現実を見て。これじゃあ、一生、誰とも、付き合えないのでは?と思ってしまった。できることならこの価値観を変えたいし、変えない限りわたしは変われない。







この人と、付き合うかもしれない。

そう思ったことが人生で3回だけある。

でも全部、怖くて付き合えなかった。

両思いのままなんとなく過ごして、付き合うのを先延ばしにして、なんとなく時間が経って、その人になんとなく興味がなくなって、その人のことを考えなくなって、なんとなく他の人を好きになって消えていった。そして今も、なんとなく好きだ。


そして今、すきなひとがいる。

付き合えたらいいのに。そう思う自分がいる一方で、いや付き合うことは、別れることと同義じゃないか。別れるのが怖いから付き合えない、と思っている自分がいる。また、前に進めない。



他の考えはないか、そう思って、noteを漁ってみたり、散歩しながらぐるぐる考え続けた。

別れるという言い方は違うかもしれないけど、
付き合っていなくても距離ができる時はできる。


わたしの頭の中にふと浮かんだ考え。


わたしがかつて大好きだった人への気持ちが今、薄れてしまったように。わたしが、今大好きだったアイドルグループにすっかり冷めて興味がなくなってしまったように。かつて毎日一緒に学校で過ごしていたと大好きな友達と、音信不通になってしまったように。


つまり、付き合うということに、それほど大きな意味はないのではないか?
付き合うという言葉は、別れるという言葉があってそれっぽく関係の前後が区切られている。けれど、付き合っていなくたって、わたしはかつて好きだった人と、友達と、アイドルと、たくさんのお別れしていたのではないか?そしてそれらは全て、わたしが傷つかないような終わりをむかえていたのではないか?


高校2年生の頃に好きだった人は、初めて恋をしたと思った、そんな恋愛だった。初めて自分から好きになった人と連絡したり、電話したり、デートをして、心から好きな人がいるってこんなに幸せなのかと思った。でも付き合えなかった。怖かった。両思いだろうなとはわかっていたけれど、あと一歩が踏み出せなかった。
お互い高校2年生、受験生になる前の3月。わたしはその人から離れようと決めた。受験と恋愛を両立できない。もし落ちたらきっとわたしはその人のせいにする。大好きな人のことを悪者にしたくない。だから、これからは連絡を取るのも会うのもやめようと決め、1ヶ月ぐらい沈んでいた。悲しかった、大好きなのに離れなきゃいけないなんて。でも、別れたわけでもそもそも付き合っていたわけでもない私たちは、それからもたまーに連絡を取り合い、電話をしたり、会うことはできなかったけれど、心のどこかで依存して、安心材料にしてるわたしがいた。その人とは、わたしが浪人して大学生になってからも半年に一回ほど連絡を取るぐらいの仲だったけれど、わたしには今違う好きな人が出来てしまったし、最近相手には彼女がいると知った。だからわたしは今、その人に対する恋愛感情はもう一ミリもないし、もう人として好きとも思えなくなった。これこそ、本当にお別れしたのかもしれない。

今は疎遠になってしまった大好きだった友達とは、恋人同等に深い関係だった。一緒に過ごした時間も、連絡を取った回数も、お互いのことをどれだけ知っているかも、誰にも負けないぐらい、お互いを"親友"と呼び合い、もうこれ付き合ってるよね?って笑い合った。でも、だんだん価値観が合わなくなって、わたしの方から一方的に距離を置き、別の人と仲良くするようになって、そしたら相手もだんだんわたしから離れていって、一年ちょっとでもう一生話さないであろう関係になってしまった。距離感をとるのが下手だったこと、とても申し訳ないけれど、たぶんお互いもう何も思ってない。嫌いでもなければ好きでもない、ただ、当時の思い出になっただけだ。

付き合うこともこれぐらいのことなのかもしれない。別れることで、依存先を失ったわたしは死ぬのではないか?死ぬために恋愛するなんてむりだ。と思っていたし、人と不仲になるのが自分にとって一番のストレスだと思っていたけれど、実はそうではないのかもしれない。わたしの考えが、毎度毎度極端すぎるだけなのかもしれない。


依存先を失う前に、相手への気持ちが冷める前に、わたしは新しい依存先を見つけていた。そして、大好きだった友達と疎遠になる前に、新しい友達のことが好きになっていた。

(恋人に依存しているということが前提になっているけど、ここでは触れないでおく。本当は依存したくないし、したいわけがないから、また機会を改めて考えたいところ)

自分ばっかり傷つかない方法をとっていて残酷な人〜って思ったけど、多分そうじゃない。
最近見えてきたのは、私は自分を好きでいてくれる人のことを好きだということ。つまりそれは、相手が自分を好きじゃないと分かった瞬間、相手に対して冷めてしまうということだ。わたしが相手を嫌だと思うよう前に、きっと相手がわたしのことを嫌だと思っているだろう。
もし別れる理由が、相手が自分を好きじゃないことなら、私もきっと、相手を好きではなくなる。私は好きなのに相手に見捨てられて傷つくってことにはならないかもしれない。


別れたくないから付き合えない。
結婚すると思った人じゃないと付き合えない。
好きな気持ちだけじゃ付き合えない。


この価値観は、たぶん傷つけられるのが死ぬほど怖いという気持ちから生まれたものだ。



傷つくのは怖い。
でも関係をどう終わらせるかを決めるのは、わたしたち2人だ。決して相手だけじゃない。これまでみたいに傷つくことを回避しながらだって、お別れができるのではないかと思った。それができない相手とは付き合えない。それも含めて、好きな人だ。




付き合う話をしているのに、終わりばっかり考えて縁起でもないと思われそうだけど、わたしはそういう人なのだ。

好きな気持ちと同時に、その人の嫌なところを見つける。そしてそれに自分は耐えられるだろうか?どう対処していけば良いのか?を考えて、だんだん好きではなくなってしまう。

恋愛に対して、冷静すぎるのかもしれない。好きな気持ちしか見えないという気持ちがわからない。そんな気持ちになるのが怖いからか、自分に一生懸命ブレーキをかけて理性を保っている。

わたしは、光と影を同時に考えしまうような、楽しいことだけでは生きていけないような、あらゆることのリスクを知っていないと気が済まない、平和主義だけじゃ生きていけない人なのだ。あらゆる予防線を張って、対策を練って、そうじゃないと先に進めないのだ。



あらかた思いついたことは書き終えてしまった。
なんとかして考え方を変えて、文章を書き終える頃には怖くなくなるようにしたいと考えていたけど、やっぱり付き合うのは少し怖い。
相手に近づきすぎないように、そして離れすぎないように、ちょうどいい距離感を保って好きを続けている。"付き合う"という名前がなくたって、ちょうどいい距離感でいたい。終わりを考えたくないよ。だってあなたが好きだから。

2021.2.2

追記 2021.10

初恋の人との最近の出来事。↓ 



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