撮っている幸福。
朝から晩まで写真を撮っている。誰のためでもない。自分だけのため。評価されたいとか、他人と比べてどうかなんて感覚は一切ない。そんなものは「撮っている幸福」と比べたら屁かハナクソだ。撮らない人とは言葉の次元が違いすぎる。
毎日、美味しいモノを食べている。ラクダも初めて食べた。味覚は原始的で脳に直接来るからいい。
それを「有名店だ」などとカテゴライズするのが好きな人もいるけど、俺にはどうでもいい。自分の舌の記憶に、この街での体験がワンセットで残っていればそれでいい。
何かをするときに他人が決めた尺度や評価を気にする人は、自分の舌が信用できない人だ。自分が旨いと思ったらそれがミシュランであろうとなかろうと関係ない。
自分が撮りたいモノを撮って、それを必要としてくれる人がいて、他の人がやっていることなんかどうでもよくて、ただそれだけ。
多分、俺の方がお金は持っていると思うんだけど、どうしてもと言うならありがたくいただきます。