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First Love 初恋:博士の普通の愛情(無料記事)

いやあ。参りました。Netflixで作るオリジナル脚本のドラマということで期待していたんですが、素晴らしかったです。宇多田ヒカル、満島ひかりという日本の二大ミューズの魅力は世界基準のパッケージになっていました。

まず、若い頃の主人公を演じた八木莉可子さんの圧倒的な美しさに驚きます。演技も自然で上手でした。満島ひかりさんはつねに安定の超人的な巧さで文句のつけようがありません。それらの登場人物はさておき、とにかく脚本が練られている。ドラマや映画の中で扱うと安易だと言われやすい記憶喪失、出会いとすれ違い、家族間の格差問題などが絶妙に料理されています。

ベタである、というのは人間が心を動かされる率が高いということなので、避けるだけが解決ではなく、うまく使えばいいわけです。北海道の雄大なロケーション、田舎の素朴な少年少女の印象、90年代という時代背景も効果的に使われています。その軸になるのが主人公たちと同年代でデビューした宇多田ヒカルの曲で、「First Love」「初恋」という時間を経た同じような題名の曲の歌詞が台詞でも扱われます。この世代の人にはたまらないでしょう。

Netflixであるということはグローバルコンテンツが前提ですが、ここでいきなり韓国ドラマと肩を並べるものが出てくるとは思いませんでした。話によると4年前から作られていたそうで、我々が知らない間にこれだけのものを提供できる能力が日本にもあったということですが、本国アメリカのクオリティに負けないものをアジアで連発させられるのは、奇しくもワールドカップの決勝トーナメントに日本と韓国が並んで進出したことにも重なります。

若いふたりが惹かれあい、不運な出来事で別々の道を歩みますが、最後には幸福な結末を迎える。そう言ってしまうと身も蓋もない王道ドラマですが、随所に新しい方法が組み込まれていたり、現実のニュースを織り交ぜることで見応えがある仕上がりになっています。気になったのは「どこまでファンタジーにするか」という演出のさじ加減で、あまりにもカラーコントロールされすぎている登場人物のスタイリングにはやり過ぎな感じを持ちました。要所だけでいいと思うのですが、エキストラまで揃えてしまうと過剰かなと思いました。映像や画面のデザインはとても優れていて(航空機などのCGは除く)、印象的な意味を持つラウンドアバウトの俯瞰カットは効いていたと思います。

韓国作品が一番得意とするのは『私の頭の中の消しゴム』のような悲恋ものですが、かなり韓国の作り方を意識・分析しているのではないかと感じます。物語に加える「音楽・風俗」「聴覚障害」「自衛隊」「家族間格差」などは韓国映画やドラマが得意とするところです。表現者UTAのポジションはとても韓国的ですし、主人公が兵役(とは日本では言いませんが)に行くところも韓国をイメージします。『パラサイト』での典型的すぎるほど嫌味な金持ち家族の描き方。貧困の連鎖、夢を諦めさせる親、といったテーマも韓国っぽい。

北海道が舞台になっているものの、日本のドラマ特有の「場の価値」があまり使われていないのも好感が持てます。日本映画は説明を省略するために「下北沢にいる演劇志望の若者」のような典型を使いがちですが、下北沢という土地が持っているイメージを借りすぎなので、それを知らない外国人には伝わりません。本来は、その手の苦悩はどんな場所であっても置き換えが可能なはずです。

しかし、これだけのものを作ってしまうと次が大変です。Netflixだからこそできたオリジナル表現と戦えるものを他で作れるだろうか、と心配になります。

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恋愛に関する、ごく普通の読み物です。

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多分、俺の方がお金は持っていると思うんだけど、どうしてもと言うならありがたくいただきます。