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「神様の図書館」:Anizine

世の中のジジイはどうだか知らないけど、俺は20代の女性に関心がない。

反感を買うかもしれない表現だが、「本のページ数が少ない」から。長く生きていると本のページは増えていく。考えではなく、そのビジョンが丸ごと浮かんだことがある。20年近く前のことだ。

80歳で亡くなった人は読み応えのある分厚い本、悲しいことに若くして亡くなった人は薄い本、世界中の人々の本が並んでいる「神様の図書館」のような風景が見えた。そのときの俺はまだ30代だったことに今更ながら驚く。俺にも30代があったのだ。

トークだったり対談だったり、何人かがオムニバス方式で構成するイベントの一員としてに呼ばれたときに、俺は与えられた時間で何をしようか考えた。そうか、あれをやるのにいい機会だと思って演劇にすることにした。場所は東京グローブ座。2001年のことだ。

神様が、たくさん並んだ「人生の記録」を読むという一人舞台の朗読劇にした。脚本を書き上げて、誰にこれを読んでもらおうと思うと、動きがないので、声が最重要だと思った。あまり感情的になりたくないからできるだけクールなイメージがある人がいい。

バービーボーイズのKONTAさんにお願いすることにした。脚本を送ると、「面白いね」と言ってくれて、まずは顔合わせにふたりで会うことにした。動きの確認があるかもしれないから、恵比寿のウエスティンに広い部屋を取る。ホテルの部屋に入ったとき、「まずは雑談しましょう」と言って、かなり長く無駄話をした。今までに「雑談しましょう」とお互いに宣言して雑談をしたことが一度もなかったから、とても新鮮だった。

KONTAさんはすでに俺がやりたい意図を理解してくれていて、自分が考えた演技プランまで説明してくれたので、本題の部分は数分で終わった。安心した。

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舞台には赤い表紙の本がたくさん並んでいる。その中の数冊を、つまり誰かの人生をKONTAさんが朗読する。楽しい話も悲しい話もある。本が数ページしかない、生後まもなく命が消えてしまった子どもの話もあった。

リハーサルでKONTAさんが演じる神様を、誰もいない観客席の一番後ろから見たとき、背筋がゾクゾクする感じを味わった。「ああ、これが演劇に囚われてしまう人の快感なのか」と、ほんの少しだけわかった気がした。時間を計ると40分くらいで、本番でもまったく同じ時間だったことにプロの仕事を見た。

この頃の俺は、CMの演出をしていた。15秒や30秒の映像を作ることが仕事だったので、冒頭に「沈黙の30秒」という時間を作った。物語に入る前にそれぞれが自分のことを黙って30秒だけ考えてみて欲しいという意味で。これは俺がやっている30秒に詰め込むという仕事を無意味にするための儀式だった。30秒あればいろんなことを伝えられる、という職業を忘れるためだった。

本番の舞台ではあのゾクゾクしたリハーサルに、観客の動きが加わる。俺が書いた話が舞台の上に乗っている。観客が泣いているのも見えた。舞台にかかわる真似事をしたのはこのときだけだが、KONTAさんに出会えたことも含めて大きな財産になっている。今、俺が初対面の女優などを撮るとき、与えられた時間の大部分を使って、「まずは雑談しましょう」ということも、このときの影響だ。

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Anizine

¥500 / 月

写真家・アートディレクター、ワタナベアニのzine。

多分、俺の方がお金は持っていると思うんだけど、どうしてもと言うならありがたくいただきます。