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くだらない会社にいたら自分はダメになる。

誰でも一度は考える、「好きなことをして暮らす」。

幸運にも俺はそれができているんだけど、ポジショントークにならないように説明するのはなかなか難しい。みんな自分のたったひとつの例しか知らないわけだし、それが誰にでも当てはまるとも思えないから。

俺の場合、という慎重な前置きをしながら話すと、一番大事なのは「市場価値」をわきまえるということだろうか。自分が好きでやりたいことがあるとして、いくらになるのか。能力の認められた人が100万円なら、俺の能力ではせいぜい10万円だなとか。それを正確に見極める。この値段を低くするほど実現は容易いんだけど、生活ができなくなる。

「好きなことができれば貧乏上等」という図式は無責任で無謀だ。フリーランスは最低でもサラリーマンの平均の数倍は必要だけど、それだけの収入を得るのは実際、簡単なことじゃない。

やりたいことが文章でも音楽でも絵でも映像でも何でもいい。それを安定して受注して経費を払って作って納品して、家族を養っていけるかを考えてみる。もし定職に就いている人が好きなことでフリーランスとして独立しようとするときは、ほとんどが並行して準備をすると思う。

その時点でフリーランスで行けそう、という手応え、もしくは客観的な今後の予測があれば間違いはない。でも、取りあえずフリーランスになればなんとかなるんじゃないかと思ったら確実に失敗する。

会社はかなりの損失を含んで給料を出している。安定的な仕事を構造的に確保した中で社員に業務を割り振っているから、歩合のセールスマンでもない限り、仕事の成否が給料には反映されない。最低保障がある代わりに成功報酬もないというわけだ。

一度このシステムに慣れてしまうと、フリーランスの、仕事がなければ餓死という不安とは戦えない。安かろうが毎月同じ金額が振り込まれる安心はかけがえのないものだ。だから会社員の仕事に対するスタンスは成功することじゃなくて、「失敗しないこと」に重きが置かれている。

慣れの怖さとは実はこれのことで、フリーランスは「失敗しない」のは当たり前で、つねに想像以上の成功を求められている。この筋肉を鍛えた経験がない人がフリーランスになるのは危険で、それが最初に書いた、自分の値段がいくらになるのかを客観的に算出しておくことにもつながる。

定職に就きながらサイドビジネスとして仕事をテスト・ランさせているなら、最低でも半年くらいは給料と同額以上を稼いでいないと厳しい。半年というのは継続した発注があるという意味で、年に一度、安いギャラの出る仕事をやりました、で生活できるはずがない。

だいたい独立を考えている人にこう言うと、やってみないとわからないでしょ、と不満顔で言う。でもギャンブルの手札としてそれで勝つ確率は低いというか、無理だ。

それを素直に聞いて不足している部分を補う勉強をしたり行動を起こせる人は、たとえ時間がかかっても成功する。成功と言っても最低限の生活はできるというだけだけど。

ある大手の企業にいた友人が独立した。「こんなくだらない会社にいたら自分はダメになる」と言っていた。彼は在職中に特に目立った結果も出していなかったからどうなることかと思ったんだけど、案の定行き詰まって、元の会社の上司に詫びを入れて子会社の窓際に席をもらった。今までより格段に安い給料で働いている。

なぜそんなことになったのかと言うと、会社のバックグラウンドを使ってやっている仕事は自分の能力と関係がないという事実に気づかなかったからだ。判断が甘かった。それは彼の人生だからどうでもいいんだけど、会社の悪口を言って辞めた後で、そこに戻るために頭を下げるというのは格好がいいものじゃない。プライドを売れるような人は元々フリーランスには向いていないのだとよくわかった。

たとえば今の給料が30万円だとして、発注される仕事が毎月30万円分あるか。これだけで夢見がちな9割の人がキッチリ脱落するだろう。

実績がないうちは単価が安い。写真で言えば、一つの撮影で10万円もらえる仕事があればかなり幸運だ。それを月に3回、10日に1回は依頼されないと30万円にはならない。これがどれほど大変なことか。

「僕は半年前に、友達のミュージシャンに曲を提供して5万円もらったことがあります。ですからプロの作曲家なんです」などというのが根拠ならやめておいた方がいい。その単価だと毎月友達6人から仕事を頼まれないと生きていけない計算ですよ。いくらミュージシャンの友人が多くてもそれは無理でしょ。

その人はそれでいいとして、周囲の人に迷惑をかける。仕事をするときに発生する経費を、知人に安くもしくは無料でお願いしたり、家族にもヒモジイ思いをさせることになる。そしてその生活の有様を見たら、高いギャラを支払ってくれる依頼主はいなくなる。これはわかりきった負のスパイラルだ。

貧乏な劇団などを見てもわかるけど、役者をやっている幸福と、その演技が「必要とされる価値」を正確にリンクさせている例をあまり知らない。適切にわかっている人はあっという間にメジャーになってしまうからかもしれないけど。

その時「あいつはメジャーに魂を売ったのだ。俺たちは違うぞ」と残された者同士が居酒屋で恨み言を言うのもいい。一生やってろ、と思う。

職業上の技術や戦略は別として、対外的な自分の価値を理解する、たったこれだけのことすら理解できないでフリーランスになろうとするのは危ないよ、というクソバイスでした。

「ほら、そこに落とし穴があるよ」と教えられているのに落ちる人は、学ぶ習慣がない人で、学ぶ習慣がないと学ぶ方法もわからないから無駄な努力だけやっている。汗をかいているから満足している。

それが何の効果もなかったとわかるのはもう挽回が効かない年齢になってからなんだろうけど、俺は知らない。




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多分、俺の方がお金は持っていると思うんだけど、どうしてもと言うならありがたくいただきます。

夏が過ぎ、冬が来た。
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写真家・アートディレクター。着ぐるみの中は繊細です。1964年生まれ。「ロバート・ツルッパゲとの対話」 https://www.amazon.co.jp/dp/4908586071/