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博士の普通の愛情

恋愛に関する、ごく普通の読み物です。
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2022年3月の記事一覧

妻の侮辱:博士の普通の愛情(無料記事)

Paul Haggisの『CRASH』という映画をご覧になった人は多いと思います。群像劇の名作です。その中でマット・ディロン演じる白人警官が、テレンス・ハワード夫妻を路上で職務質問するシーンが出てきます。人種差別であり女性蔑視の、思い出しただけでも胸が痛くなる場面でした。 警官は夫がいる目の前でタンディ・ニュートンに下品なジョークを言いますが、夫は何も言わずに耐えます。帰宅してから妻はその態度に怒るのですが、まさにアカデミー賞のウィル・スミスの行動を見て考え込んでしまいまし

ちゃらっぽこ:博士の普通の愛情

真面目な話をしているとき、つい笑ってしまうことがある。あの日もそうだった。僕はヒカリさんとふたりで恵比寿のカフェにいた。ガレットが美味しいから行こうとメッセージが来て待ち合わせをしたのだが、あいにくの雨だった。その店の前に立っていた彼女を見て、心がときめかないのを感じた。 初デートというのはいくつになっても緊張するし、状況を感じる脳の器官はフル稼働しているから、相手のどんなに細かいところも見逃さないようになっている。もし僕に少しでもヒカリさんを好きな気持ちがあったら、先に来

裸の上半身:博士の普通の愛情

寄り合いがあった。その集落はとても小さく、人口は54人。珍しく駐在の石渡くんが皆を集めたが何の寄り合いだかわからない。いつもは隔週の土曜日の夜に玉城さんの家に集まることになっているが、今夜は石渡君くんの家でやるらしい。 「まだ全員じゃないけど、始めましょう」 石渡くんはパソコンをテーブルの上に置いてそう言った。集まったのは9人。遅れてくる者もいれば、欠席の者もいるようだ。 「うちの集落ではほとんど事件らしい事件が起こったことがないです。うちの親父の頃からです。一度、観光

DRIVE MY CAR:博士の普通の愛情

『DRIVE MY CAR』を観た。映画に愛情というテーマが出てくるとき、それはあまり多くのパターンを持っていない。ある程度の基本構造は似ていて、その肉付けの細部に違いが出る。原作になった村上春樹の小説は読んでいないけど、全体を流れるトーンは村上春樹の表現をうまく再現しているような気がした。 最初にうまくいっているように見える主人公の夫婦が出てくるが、そこに別の男が登場する。まず、この若い男が夫婦間に何かを引き起こすだろうことはたやすく想像できる。突発的な出来事で自宅に戻り