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ちゃらっぽこ:博士の普通の愛情

真面目な話をしているとき、つい笑ってしまうことがある。あの日もそうだった。僕はヒカリさんとふたりで恵比寿のカフェにいた。ガレットが美味しいから行こうとメッセージが来て待ち合わせをしたのだが、あいにくの雨だった。その店の前に立っていた彼女を見て、心がときめかないのを感じた。

初デートというのはいくつになっても緊張するし、状況を感じる脳の器官はフル稼働しているから、相手のどんなに細かいところも見逃さないようになっている。もし僕に少しでもヒカリさんを好きな気持ちがあったら、先に来て赤い傘を差して僕を待っている姿を見ただけで浮かれた気分になったはずだ。

ヒカリさんと僕は、言っても価値がないくらいありきたりな出会いをした。友人の結婚式の二次会だった。そういう会では誰しもが他人の結婚式を見て興奮しているから恋愛の扉が無闇に開いている。ヒカリさんはたまたま僕の隣の席に座って、最初から最後までどうでもいい話をした。まあまあ楽しかったのだがそれだけだ。

その数日後、一緒に二次会に出た友人の健太郎から連絡があり、食事に誘われた。イタリア料理店の個室に入ったとき、健太郎にはつまらないサプライズ癖があったことを思い出した。そこにはヒカリさんともうひとりの知らない女性が座っていた。僕はそれほど美味しくもない料理を食べながら、騙されたことに苛立っていた。何も面白くないサプライズだった。

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健太郎が、僕は名前も憶えていないその女性に好意を持ち、ヒカリさんと僕をおまけとして誘ったのだろうが、彼はあえなくその女性に振られた。というか、健太郎が知らなかっただけで彼女は結婚していたのだという。恵比寿のカフェでヒカリさんはその話を教えてくれたが、あまり他人の恋愛の話に興味がないので他のことを考えながら聞いていたのが伝わってしまったようだ。

「聞いてますか」
「うん、聞いてるよ」
「健太郎さんって『ちゃらっぽこ』なところがあるよね」

僕は耳を疑った。今まで30年近く日本人として生きてきて初めて聞く言葉だった。『ちゃらっぽこ』とは何のことだろうか。文脈から判断するとあまりいい表現ではなさそうだ。

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恋愛に関する、ごく普通の読み物です。

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多分、俺の方がお金は持っていると思うんだけど、どうしてもと言うならありがたくいただきます。