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博士の普通の愛情

恋愛に関する、ごく普通の読み物です。
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2021年7月の記事一覧

『夕食の朝食』中編:博士の普通の愛情

前編 「一緒に暮らすようになって一年くらいした頃、ちょっと関係がギクシャクし始めたよね。俺が悪かったと気づいていることを書くよ。まず、那覇のこと」 ある夜、私が部屋に帰るとユウちゃんはバッグに着替えを詰めていた。 「どこかに行くの」 「うん」 「そう言われたら、普通は行き先を言わないかな」 「ああ、那覇」 「沖縄に行くんだ。一度でわかるように話して。効率が悪いから」 ユウちゃんの手が止まり、表情が変わったような気がした。 「俺たちの会話で大事なのは効率か」 「そうじ

『夕食の朝食』 前編:博士の普通の愛情

「思いついたことから書き始めるので、順番がおかしかったり記憶が間違っているかもしれない。でもそのパーツは全部本物で嘘はないと思うから最後まで読んで欲しい」 デリバリーピザのメニュー、水道料金の伝票、分譲マンションのチラシ、水道工事業者のぐにゃぐにゃするマグネット式ステッカーみたいなものに挟まって、彼からの手紙が届いていた。「この時代に手紙って」と思ったけど、封筒に貼ってあったのが私が買ったディズニーの切手だと気づいて、心臓の表面あたりに微弱な電流が走った。 脇に手紙やDM

タンデム:博士の普通の愛情

祖父の法事は11時に始まったが、兄がまだ来ないので父と母は苛立った顔で怒りをぶつけ合っている。読経中の住職に聞こえるんじゃないかとヒヤヒヤしたが、高齢で耳が遠いのが幸いした。 「あなたに似てあの子は遅刻するのが平気だから」 「俺がいつ平気な顔で遅刻したんだよ」 結局、法事が終わって予約していた中華料理店に移動したときに兄は申し訳なさそうな顔でやってきた。父は親戚の手前、大声で兄を叱った。 「お前は長男だし、おじいちゃんにさんざん世話になっておきながら、こんな大事な日にす