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タンデム:博士の普通の愛情

祖父の法事は11時に始まったが、兄がまだ来ないので父と母は苛立った顔で怒りをぶつけ合っている。読経中の住職に聞こえるんじゃないかとヒヤヒヤしたが、高齢で耳が遠いのが幸いした。

「あなたに似てあの子は遅刻するのが平気だから」
「俺がいつ平気な顔で遅刻したんだよ」

結局、法事が終わって予約していた中華料理店に移動したときに兄は申し訳なさそうな顔でやってきた。父は親戚の手前、大声で兄を叱った。

「お前は長男だし、おじいちゃんにさんざん世話になっておきながら、こんな大事な日にすっぽかすとは何事だ。遅れるなら母さんに連絡のひとつくらいよこせるじゃないか」
「はい。すみませんでした」
「まあまあ、兄さん。お兄ちゃんにも何か事情があったんでしょう。こういう席だし、あまり怒らないで」

叔母の裕子がなだめる。彼女は父の妹だが、しっかり者なので父にとっては姉のような存在だ。裕子おばさんは昔から兄のことを「お兄ちゃん」、弟の僕のことを「タケシお兄ちゃん」と呼ぶ。僕ら兄弟は優しい裕子おばさんのことがとても好きだった。とばっちりを受けたくない僕は、まだ怒りが収まらない父からできるだけ遠くの方に座ることにした。裕子おばさんがビールの瓶と、兄の腕を持って僕の隣に座る。

「お兄ちゃん、ここに座りなさい。何があったの。大丈夫なの」

兄のグラスにビールを注ぎながらおばさんが聞いたが、彼は何も答えようとしなかった。そのウジウジした姿を見て、少し腹が立ってくる。

「寝坊でもしたんだろう。兄貴はいい加減だから」
「お前、なめてんのか」
「ちゃんと理由があるなら何で遅れたか言えるだろう。いい歳してさ」
「うるせえ。黙ってろ」

裕子おばさんが間に入ろうとしたところを、健三おじさんが制した。

「ほっとけ。お前らはいくつになっても喧嘩か。また殴り合いでもしろよ」
「おじさん、今日は遅れてしまってすみませんでした」
「いいよいいよ。何か大事な理由があったんだろう。わかるよ」
「あなた、何がわかるんですか」
「男には、どうしても逃げられない用事っていうものがある」
「あら、あなたは理由を知ってるのかしら」
「知らないよ。知らないけど女にはわからないことがあるんだよ」
「いやね、昔の人は。今そんなこと言ったらセクハラ裁判になるわよ」

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恋愛に関する、ごく普通の読み物です。

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多分、俺の方がお金は持っていると思うんだけど、どうしてもと言うならありがたくいただきます。