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印欧祖語の数詞の起源と意味について‹A›

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言語資料としての基数詞

 数詞は言語の系統分析上極めて重要な存在であり、比較言語学の成立に大きな役割を果たしたしたことで知られている。
 理由としてよく挙げられるのは次の点である。

・生活に不可欠な概念であるためほとんどすべての言語に備わっている
・意味が安定しているため語源の比較に使いやすい
・借用や置き換えが起こりにくい
・多言語を操る人でも数のカウントには最も得意な言語を使う傾向がある

 言い換えれば「基礎語彙の代表格だから」といえるだろう。
 特に重要なのは「ひとつ」「ふたつ」のような純粋なカウントに使われる基数詞である。
 順序を表す序数詞などはそこから派生したものであることが多い。


言語変化と数詞

 一応、これらの前提にも多少の注意や修正は必要となる。
 数詞の借用が起こりにくいというのは一般的な傾向の話で、たとえば日本語をはじめ東アジアの言語では「いち、に、さん」のような中国語系統の数詞の導入が見られる。
 また日本語の本来語系の「ひとつ」と外来語の「いち」の共存例が典型だが、何らかの事情で特定の数を表す語彙が2つ以上現れた事例もある。

 オーストラリア先住民言語などの中には大きめの数を表す通常語彙を持たない(あるいは最近まで持っていなかった)言語もあることが知られている。
 置き換えにせよ新規導入にせよ、傾向としては大きな数詞ほど借用が起きやすいようだ。

 だがそれでも比較資料としての数詞の重要性は極めて高い。
 現に祖語に小さな基数詞を再建できない語族は管見の限りほとんどない。
 稀な例外としてウラル語族のフィン・ウゴル語派とサモイェード語派の間に一部別系統の数詞が見られるといった例はあるが、それでも各語派内ではまとまりがある。

 外来語についても、日本語では「いち、に、さん」などの漢語数詞は入ってきているが「ひとつ、ふたつ、みっつ」といった固有の数詞も存続しており、現代までにほぼ廃れた和語系の大きな数詞(100を表す「もも」など)も古文などで確認できる範囲に留まる。
 語族によっては祖語時代に外来の数詞が導入されたと思しき例もあるが、祖語時代から存続しているのであればむしろそれを踏まえた上で比較の材料にしやすいともいえる。


数詞の意味

 しかしそんな数詞にもそれぞれの成り立ちがあったはずである。
 数は「物体を数える」「長さや重さを測る」などの生活に根差した概念だが、純粋な数字としては自然界から離れた抽象的な概念ともいえる。

 そのため1や2や3といった数詞も最初から「1, 2, 3という数」といった純粋数学的な意味だったというよりは何らかの他の意味からの連想で数詞になったのではないか――といったシナリオも検討できるところだろう。

 そして実際にその可能性は研究されている。
 今回は印欧語族をテーマにそんな個々の数の語源的な意味に迫りたい。
 言語の歴史の多くは未だ謎に包まれているが、そこには数の概念を生み出した心の記憶が眠っていると私は考えている。


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