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ラテン語の子音幹名詞の格変化の起源について

印欧語の格組織

 ラテン語、古代ギリシャ語、サンスクリット語――。
 印欧語族の古典語を学ぶとしたら、形態面で特に意識されるのは格変化の存在ではないだろうか。

 古代印欧語の名詞は文中での役割に応じて形を変える。
 ラテン語のlupus「狼」(o幹名詞)の単数形を例に取ると、この語には主格 lupus「狼」、対格 lupum「狼を」、属格 lupī「狼の」といった語形変化があり、狼が主語か直接目的語か所有者かといった条件次第で使われる形が決まるのである。
 簡単にいえば日本語で「~を」や「~の」といった後置詞が果たしている機能を古代印欧語では語尾変化が担当していることになる。

 こうした格組織は古代印欧語の文法体系の根幹を成していた。
 システムの存在自体が共通しているだけでなく、ラテン語のo幹名詞の単数主格語尾-usが古代ギリシャ語の-οςやサンスクリット語の-asに相当すると見られるなど、接尾辞自体の同源性が窺える箇所も多い(印欧祖語形*-os)。
 したがって基本的にはその源流も祖語時代にあったと考えていいだろう。

 しかし――それでも謎は尽きない。
 こうした名詞変化の体系はどのようにして生まれたのだろうか?
 印欧祖語にせよ格組織にせよ、ある日突然異世界から召喚されたなどといったことはありえない。
 判明していないことも多いが、祖語にも歴史があり、子孫言語へ受け継がれていく格組織にも形成の過程があったはずである。
 すべてのタイプについて一度に語ることはできないが、今回は特に重要な子音幹名詞に着目してその謎の一端に迫りたい。


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