見出し画像

5.樹木と水面が出会うとき

[1]→[2]→[3]→[4]→[5]

言葉にはどのような変化の歴史があるのだろう?
サンスクリット語、古代ギリシャ語、ラテン語などが印欧祖語に遡るという説は驚きをもって迎えられ、音韻対応の分析によって補強された。
だがそれだけでは十分ではない。
人が物語の結果だけでなく過程にも心を動かされるように、歴史言語学という物語にもさらに深い探究が求められたのだった。


系統樹説

一口に印欧諸語といってもよく似た言語もあれば大きく違った言語もある。年代も古代から近現代まで幅広い。
英語とドイツ語はかなり似ているが、ヒンディー語とは相当に違う。
ならば同語族内にも相対的な親疎関係があるのではないか――というのはごく自然な発想だろう。

19世紀中葉、ドイツのアウグスト・シュライヒャーは印欧諸語の歴史的関係を生物の親子関係のように捉え、系統樹説を唱えた(松本2006, pp.11-12, 20-21; 堀田2012, 05/19-1)。
今でも「言葉は生き物」といわれるがそのイメージ通りの説になる。

アウグスト・シュライヒャーの系統樹モデル (PDM)

画像1

シュライヒャーは印欧祖語(一番左)が段階的に分派していったと考えた。
右側は上から順にゲルマン語派、バルト語派、スラヴ語派、ケルト語派、イタリック語派、アルバニア語派、ギリシャ語派、イラン語派、インド語派を指す(ここからさらに諸言語が分化したとする)。

印欧祖語という幹から多数の枝が分かれたように見えることから系統樹(Stammbaum)の名がある。
奇しくもチャールズ・ダーウィンの『種の起源』(1859年)と同時期で、モデルも生物の系統樹に近く、進化論の影響を見る説もある(神山2011, p.67)。
ただ1853年にも言及していたようなので、当時の言語学と生物学に共通した潮流の産物なのかもしれない。
(系統樹モデル自体は今でも相当程度に有効だが、シュライヒャー説は後の発見や学説の変化によって古くなっている。最新説はいずれ述べる)。

このモデルは当時としてはかなり画期的だった。
こう捉えればイタリア語とヒンディー語よりラテン語とサンスクリット語のほうが似ている理由も説明できる。
前回挙げた例文の近似性も系統樹の産物といえる(語彙はSkt.→Monier-Williams (1899)、Gk.→古川(1989)、Lat.→水谷(2011)参照)。

日本語
父と母は3頭の羊を導く

サンスクリット語
Pitā mātā-ca trīn avīn ajanti.
(ピター・マーター・チャ・トリーン・アヴィーン・アジャンティ)

古代ギリシャ語(ドーリス方言)
Πατὴρ μάτηρ τε τρεῖς ὄϊς ἄγοντι.
(パテール・マーテール・テ・トレイス・オイース・アゴンティ)

ラテン語
Pater māter-que trēs ovīs agunt.
(パテル・マーテル・クェ・トレース・オウィース・アグント)

印欧祖語が同時かつ1回的に各語派に分裂したというのも無理があるし、段階的な分派が行われた、とするのは穏当だといえよう。
(古典語と近現代語の分岐関係からも推察できる)。

事実、各語派の類似性は等距離ではなく、たとえばインド語派とイラン語派の最古層の差はわずかで、両者は今でもインド・イラン語派としてまとめて扱われる(高津1999, pp.40-41; 松本2006, p.26)。
バルト語派とスラヴ語派も近似性が高い(高津1999, pp.44-46; マルティネ2003, pp.74-82)。
イタリック語派とケルト語派も近い関係にある(高津1999, pp.51-52)。

シュライヒャーは初めて印欧祖語の本格的な再建を試みた1人としても知られる(松本2006, p.20)。
また自ら再建した祖語で寓話を書くという離れ業も行ったが、その形式はサンスクリット語を多少修正した程度で、今となってはあまり有効ではない(松本2006, p.20, 25; 風間1978, p,150参照)。
ただそのフロンティアスピリットに敬意を表し、私訳を添えて紹介しよう。

Avis akvāsas ka.「羊と馬」

Avis, jasmin varnā na ā ast, dadarka akvams, tam, vāgham garum vaghantam, tam, bhāram magham, tam, manum āku bharantam.
Avis akvabhjams ā vavakat: kard aghnutai mai vidanti manum akvams agantam.
Akvāsas ā vavakant: krudhi avai, kard aghnutai vividvant-svas: manus patis varnām avisāms karnauti svabhjam gharmam vastram avibhjams ka varnā na asti.
Tat kukruvants avis agram ā bhugat.

毛を刈られた羊が馬たちを見た――ある馬が重い車を引き、ある馬が大荷物を背負い、ある馬が人を素早く運んでいくのを。
羊は言った。
私は心が痛む、人が馬たちを駆り立てていて。
馬たちは言った。
聞け、羊よ。心が痛む。
人間の主人が自らのために羊毛を暖かな衣服にしてしまう。
そして羊たちには毛がない。
それを聞いて羊は野へと逃げていった。


波紋説

しかしシュライヒャーの系統樹説にもいくつかの欠点があった。
最大の問題は言語は分岐方向に変化するとは限らないことである。
この点にいち早く気づいたのはシュライヒャーの弟子に当たるドイツのヨハネス・シュミットだった(松本2006, p.12-14)。

シュミットは独自の言語変化モデルとして波紋説(Wellentheorie)を唱えた(松本2006, p.12-14; 堀田2012, 1/21)。
当人は「水面に生じた波紋が中心から周辺に向けて次第に弱まっていくように、祖語にもまず保守的な中心から改新的な周辺にかけて少しずつ違った方言差が生じ、中間にあった方言のいくつかが隣接方言に吸収されるなどして結果的に異なる言語が複数隣接するようになる」といった考えを出発点にこうした説を示していたが(高津1999, pp.109-110, 236)、その「波紋」という着想は後代の言語学で少し形を変えつつ、「水滴が水面に触れて波紋を起こすように、ある言語に起きた変化(改新)が他の言語にも伝わっていき、それが何重にも起こることで(各波紋の伝播の有無や度合いによって)親疎関係が決定される」という形のモデルとして定着した。

 (今では周辺の言語変種ほど改新が多いという発想も見直されており、そのような場合もあるが、波紋説が「変化の伝播」という形で捉え直されたように周辺に古形が残ることが多いといわれる)。

波紋伝播モデル
Author: Fred the Oyster CC BY-SA 4.0

画像2

シュライヒャーの系統樹説が単一の祖語からの分岐変化に注目した説だとすれば、シュミットの波紋説は言語の収束変化に注目した説だといえる(松本2006, pp.11-14)。
一方、変化が伝播しなかった言語との差が広がることで間接的に分化も説明される。


have完了の出現

この波紋説モデルでなければ説明できない現象も多い。
(外来語の借用も一種の収束変化である)。

英語のhaveは「持つ」を表す動詞だが、他に完了の助動詞としても使われる。過去分詞と組み合わせれば現在完了形になる(have made「作った」)。

このような言語は他にもある。
イタリア語などがそうで、avere fatto「作った」のavereは「持つ」の完了助動詞用法、fattoはfare「作る」の過去分詞なので、ちょうどhave madeと同じ構造をしている。

しかし系統樹説だけではこの共通点を上手く説明できない。
所持動詞+過去分詞による完了相は明らかに改新特徴だからである。

ここから先は

16,785字

¥ 150

もしサポートをいただければさらに励みになります。人気が出たらいずれ本の企画なども行いたいです。より良い記事や言語研究のために頑張ります(≧∇≦*)