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読書記録「魔性の子」

「小野不由美=ホラー」の印象が強くて、なかなか手が出せなかった十二国記。先日、ついに読み始めた。

十二国記序章という位置づけである「魔性の子」。
裏表紙の「戦慄の序章」という言葉どおり、血腥く残酷な描写も多いのだけれどあっという間に読了。すっかり引き込まれた。

あらすじ

母校の男子校に教育実習生として赴任した広瀬は、クラスで異質な空気を放つ高里に興味を持つ。高里は子供の頃に神隠しにあい、それ以来彼を虐めた者には「祟り」が起きるとされていた。高里の周囲で次々と起きる惨劇。それらは本当に高里のせいなのか。彼の周りに見える白い手と獣のようなものの正体は。夜な夜な町で「(タイ)キ」「(ハク)サンシ」を探す女は誰なのか。数々の謎が深まる中、惨劇はエスカレートしてゆき、物語は意外な結末を迎える。

以下、ネタバレあります。

異端者の夢と現実

神隠しにあった高里と臨死体験をした広瀬。
ふたりとも「ここではないどこか」への郷愁と生きづらさを抱えている。臨死体験で見た夢の世界に帰りたいと思い続けていた広瀬は、同じように孤独を抱えた高里に出会い、共鳴する。

高里に関わった者たちは、彼の意志とは無関係に、たとえ善意の行動であっても容赦なく粛清されていく。そして、彼はどんどん孤独になる。

一方の広瀬は、傍から見ると結構現実に馴染んでいる。
科学準備室にくる生徒達には慕われているし、後藤(恩師で担当教官)という理解者や助けてくれる同僚もいる。
なのに、それには目を向けず、世間に馴染めない自分を憂い、異端を気取り、感傷に浸っている。

異世界から迷い込んだ高里と、この世界で生きる広瀬。
ふたりが抱える疎外感や孤独は、一見同じようで実は全く異なるものだが、互いが唯一の理解者だと思い込んだ広瀬は、高里を守り救おうとする。

しかし、高里は異世界からきた麒麟であり、高里には帰る場所がある。
そう分かった時、広瀬はエゴを爆発させる。
「お前だけが帰るのか」「どうしてお前だけなんだ」と。
救いたい、と心から思っていた者が救われることへの強烈な嫉妬。
自分には帰る場所などないという現実。そして、絶望。

善意の人であった広瀬の化けの皮が剥がれ、醜いエゴが露わになる。
救いたいは救われたいの裏返しだった、と露呈する。
見たくないものを突き付けられ、目を背けることができないこの場面。
私は、どんな凄惨な場面よりも怖かった。

「自分は異端だ」と思うことは、「自分は特別だ」と思うことでもある。
特別だから、ここにはそぐわない。きっと別の居場所がある。そう信じることで自分を慰め、諦め、同時に優越感に浸ってもいる。
そうやって自分を宥め、現実から目をそらす。馴染めない自分を認めるのが、居場所はここだと認めるのが怖いからこその現実逃避。それほどに、人は弱くて醜い。

生きることは、エゴまみれだ。
弱くて醜いのが、人間だ。
そして、人間である以上この世界で生き続けなければならない。
どんなに醜く、生きづらくても「ここではないどこか」などないのだから。

絶望は希望へと転じるか

「あなたは行って、この世界で生きなければならない。」
高里のこの言葉で現実を突きつけられ、絶望の淵に堕とされた広瀬。
一方で、理解者である後藤からは、こんな言葉をかけられている。
「俺達を拒まないでくれ。」
広瀬はすでに、この世界に受け入れられている。
後藤のこの言葉を思い出し、己のエゴと現実を受け入れた時、広瀬は異端の甘い夢から醒めて現実を生き始めるのかもしれない。

十二国記へ

終盤、怒涛のように異世界へのキーワードが現れる。
十二の国と十二の王、麒麟、胎果、王への忠誠・・・少しずつ、異世界への扉が開かれていく。
泰王のもとへ帰った高里(泰麒=泰王の麒麟)はどうなるのか。
暗く陰惨だった序章からどう物語が展開するのか。
撒き餌のような多くのキーワードに喰いついてしまい、続きを読まずにはいられない。

さいごに

普段なら手に取ることはないホラー作品。
凄惨な描写の怖さと、人間のエゴを突き付けられる怖さ。
暗く重く陰惨ではあったが、自分に重なる部分も多くいろいろ考えさせられた。読み応えも十分。これがファンタジーの序章ということにも驚き。
ホラー作品への苦手意識が払拭されたわけではないけれど、十二国記の世界にどっぷり浸っている。

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