見出し画像

明日に向かう合言葉。

「あんなヤツ、もうどうだっていいじゃん。
みのりちゃんの良さがわからないヤツなんて、こっちから願い下げだってーの。」

鼻の頭に皺を寄せて、怒ったような顔でそう言うチカちゃんの声は、言葉や表情とは裏腹にとっても優しくて。そのぶっきらぼうな優しさに泣きそうになりながら、私は答える。
「まったくだよ。逃した魚は大きいんだってーの。」
口調を真似て、わざとぞんざいに、子供みたいに。
まだちょっと強がってる、ってばれてるのも承知の上で笑って見せる。

そして、真面目な顔をして、おもむろにこう言った。

「ねぇ、知ってる?流れ星が流れる間に3回願い事を唱えると叶うって話。」

ほんの一瞬、心配そうな顔をしたチカちゃんは、それを振り切るようにグイっと顎をあげる。「もちろん、しってる。」そう言って、私の目を見て、にやりと笑う。

ふたりがまだ小さかった頃のこと。
『流れ星が流れる間に願い事を3回唱えると、願いが叶う』と聞いた私たちは、寒いベランダで流星群を見ながら、何度も何度も願い事を口にした。
一瞬で消える流れ星。寒くてうまく回らない口。
「星が流れる間に願い事3回なんて、絶対無理!」ってゲラゲラ笑った。
そして「3回言えたら、なんだってできちゃうんじゃない?」「じゃあこれ、魔法の言葉だね!」って、重大な秘密を知ったみたいに顔を見合わせた。

今思えば、子供らしい勘違いと思い込み。
でもそれ以来「流れ星に願い事を3回」はふたりの合言葉になった。

3回言えるかどうかなんか、関係なくて。
願い事さえ、どうでもよくて。
「なんだってできちゃうんじゃない?」って思った、あの時のわくわくした気持ち。それが前に進む力になることを、私たちは知っている。

片方が落ち込んで、傷ついて、自信をなくして、動けなくなっても。
わたしたちは「がんばれ」なんて言わない。
だって、大丈夫だ。ってわかってる。
もう十分がんばってる。って知ってる。
そして、本当はなんだってできるんだって、信じてる。

だから、ふざけたり、笑い飛ばしたり、怒ったり泣いたりしながら、準備が整うのを、そっと見守ってる。
「いつだって味方だよ。大丈夫だよ。」
そう言葉にすることすらせず、つかず離れず絶妙の距離で。

自分で自分を信じられない時も、無条件に信じてくれる人がいる。
それは、とっても心強いことだ。
急がなくていい。無理して笑わなくていい。大丈夫。
傷んだ心がじんわり再生して浮上したら、明日に向かう合言葉を唱ればいい。再出発の合図は『流れ星に願い事を3回』。
そしてまた顔を上げて、それぞれの道を歩いていくんだ。

***

物語を書くきっかけに、こちらにお世話になりました。

今回のお題「星・再生・失恋」

113

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?