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コロナ禍からのサバイバル3

「本と本屋について何でも聞けるナイト」というYouTube Liveに友情出演した。本屋さん、古本屋さんへのクラウドファンディングである「ブックストア・エイド基金」プロジェクトのクラファン終了直前特番だ。

編集者としての仕事について、他社様の編集者の方とzoom出演した。そのほかに、紙問屋さんの時間があったり、校正・校閲の方の時間、出版取次の方の時間などがあり、8時間で出版に関する全ての仕事のプロの話が聞け、質問もできるという贅沢な1日だった。(アーカイブされるそうなので、お時間のある出版関係の方はぜひ一度お聞きいただきたい)

そして、わたしは久しぶりに編集者として発言をしたわけだが、突然に司会の内沼さんが例の #STOP食中毒キャンペーン の話をふってくれたのである。そこで、ふと我に返ってしまった。あれ?わたしは本の編集者なんだっけ?

25年半も本と雑誌をつくってきた。しかしこの番組を終えて、いま如実に思うことは、わたしは本という器への執着が他のプロの方に比べると薄い気がするのである。「食の現場からの情報」をより精密にリアルに役に立つ形で世に残したいという願望は強い。それを食育に生かしたいと思う。農業の将来、飲食業の未来にも役に立つことだと確信している。しかし、それが本なのかと問われれば、本の形でなくてもかまわない気もする。本が最適な器であれば本を選択する、というだけの気がする。情報の流れを整えたい、新たに流れをつくりたいという編集マンではあっても、本をつくりたい編集マンではなくなった気がする。

取次店さんの時間帯になると一層その気持ちが強くなり「ああ、市場流通の良し悪し論は野菜と同じだ」と思っている自分は、まるで思考が八百屋である。大手取次店に新規口座を作るなら年間に何点も刊行しないと(何ヶ月後かの返品との相殺精算なので)お金が入ってこないことになる、資金を持って段々に実績を積んでいただいて、という話のくだりでは、ほとんど(新規口座ムリだな)とか(段々に実績を積むのは時間的にムリだなー)と早々に結論づけたくなる。他の方法を選択するか、それもムリなら紙の本でなくてもいいでは?とさえ、思ってしまうのだ。このあたりも、市場取引とオンライン八百屋の関係に非常によく似ている。

コロナ禍で急速にオンライン八百屋が増えた。専業店もあれば、SNS上の臨時販売者もあり、そして飲食店も通常営業ができない代わりに契約農家さんの野菜を宅配する事業を始めたりしている。市場流通とは別のところで、野菜と果物が動いている。
本や雑誌に載る「情報」も、インターネット、デジタル化の流れが以前からあり、流通形態は激変してきている。
つまり、「旧弊で伝統的な仕事」に見えて、実は「流通の大激動期にある」のが出版業と青果業の共通点。そして、あえて両方の業で起こした弊社は・・・。

ただ一寸ヘンなのかな? いや、先頭グループの末尾ではなく、次のグループの先頭にいるはずだ。走りながらよくよく考えるとしよう。


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やったー!ありがとうございます
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「食のプロ」とともに「大人とこどもの食育」を広げる新しい出版社アネモス代表。