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鬼滅の能狂言鑑賞記

去年の暮れに人気アニメ・鬼滅の刃の能狂言を観に大阪へ行った。

我が家は親も子も鬼滅の刃の大ファンだ。鬼滅の刃の関連イベントには、オーケストラや原画展などこれまでもたくさん参加してきたのだが、鬼滅の刃を題材に新作能狂言が披露されるというニュースを聞いたときは驚いた。しかも、監修は人間国宝の大槻文藏さん、そして演出は野村萬斎さんによるとのこと。この舞台を何としてでも観に行かねば!と思い、この一年、子供達と能楽の舞台に何度も足を運び、事前学習を重ねてきた。

敷居が高いと感じていた能楽だが、身近に楽しめる催しも様々あるようだ。国立能楽堂では夏休み期間に毎年親子向けに能と狂言の舞台が開催されており、各座席のモニター画面に同時字幕が映し出され、子供だけでなく親も理解を深めることができた。

さらに昨秋にはお隣の町・土浦で篝火を焚いての野外舞台である薪能を観劇した。コロナ禍で数年ぶりの開催だったが、亀城公園の立派な松を背景に厳かな雰囲気のなか催された。ちなみにこの時の狂言は「蝸牛」で、野村万作さん、萬斎さん、裕基さんと親子三代の共演であり、息のあった掛け合いに客席からも笑いが巻き起こっていた。

さて、待ちに待った鬼滅の能狂言の日が来た。つくばから都内に出て東京駅から新幹線に乗り替え、片道四時間の日帰り弾丸ツアーだ。

小学生組の長男、次男を連れて行ったのだが、駅弁をひとり二個ずつ堪能し、さらに新大阪駅に到着するやいなやお好み焼きもしっかり平らげた。成長期男子の胃袋、恐るべし。
お腹いっぱい胸いっぱいで、大槻能楽堂に到着すると、すでにお着物姿の方や、鬼滅のグッズを手にしたファンの方たちでいっぱいだった。ドキドキしながら席につくと程なくして場内が真っ暗になった。

次の瞬間、会場内に渋く良い声が響いたかと思うと、大正紳士らしく洋装に身を包んだ鬼の祖・鬼舞辻無惨を演じる野村萬斎さんが、座席の最後列から優美に舞台の方に歩いて登場したではないか。そしてそのまま白州梯子を昇って本舞台に上がって行かれた。こんな斬新な演出が能楽で行われるとは!

そんな強烈な出だしによりぐっと鬼滅の世界に引き込まれた後は、五番立の伝統的な形式に則って舞台は進み、シリアスな能の演目の後にはほっこり笑える狂言で和んだ。
鬼滅の刃は、平安時代に偶然生まれた鬼・鬼舞辻無惨と、一族から鬼を出したことへの呪いを払うために戦う人間たちとの話である。物語では代々伝わる神楽が重要な鍵を握っているのだが、これを今回の舞台では日本神話に見事に落とし込み、祝言曲として舞いを捧げる場面があり、大変に美しく畏敬の念を抱く場面だった。

最後の切能にあたる演目では、鬼滅の刃の序盤でもかなりの重要なエピソードである那田蜘蛛山の累という鬼を退治する場面が演じられた。主人公が出会う中で最も強い敵であるこの鬼は、蜘蛛のような異能を駆使して、次々に追い詰めていく。この場面は、『安達ケ原』や『土蜘蛛』などを参考にされたそうで、大変見ごたえのある演目だった。
制作にあたって、木ノ下裕一さんは原作漫画を熟読され、その世界観を尊重されながら台本を練られたそうだ。さぞかし困難を極められたのではと思うのだが、能楽の範疇を超えない演出にも関わらず、目の前には鬼滅の刃の世界がありありと広がっていた。いやむしろ、鬼滅の刃の主題が「人間がもつ喜怒哀楽、さらに世代を超えて永遠に引き継ぐ想い」といったものであり、能楽の長い歴史で表現してきたものと重なる部分が多いのだなと感じた。

 東京、大阪での公演は大盛況に終わったそうだ。もうこれきりかと残念に思っていたが、この程、京都や名古屋などでの公演が決まったそうだ。また見に行きたいものだ。もちろん、伝統的な能楽についても、ぜひまた足を運びたい。

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