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映画「アシスタント」

とても静かで暗くて息が詰まるような一時間半弱の映画。
大きな映画会社の会長のアシスタントとして就職した主人公のある一日が描かれています。

冒頭から、彼女になり変わったかのようにその一日を体験させられます。早朝から夜遅くまで、食事もままならない息つく暇もない時間が流れます。感謝どころか、心無い言葉を浴びせられ続け、名前で呼ばれることもなく、ただ雑用をこなすためだけの存在。その重苦しさが、映画を観終わった後もズンと胸に残ります。

これは、膨大な実話を練り上げた物語です。主人公のジェーンは、多くの実在する被害者たちの声や体験を代弁する存在なのです。

暗黙のうちに、延々と繰り返されるハラスメントの数々。それを見て見ぬ振りができず、ジェーンは立ちあがろうとするのですが、、、。

長年にわたって作り上げられてきた堅牢な闇システムの歯車を止めることなどできるはずもなく、多くの他の従業員がそうであるように、その現実に飲み込まれて行かざるを得なくなっていきます。

ジェーン自身も大きな夢を持ってこの会社に入社したはずなのです。でも、それが、就職してたった二ヶ月後には、自分を押し殺した能面のような表情になってしまっていることが、その現実の容赦のなさを物語っています。

夢も希望もはぎ取られ、いつでも替えがきく、歯車ですらない、歯車の一部品になっていくだけの生活。

どの世界にも闇は存在します。綺麗事だけで世の中が回らないことはわかっています。それでも、こんな現状を許していていいはずがありません。それを変えることのなんと難しいことか。自分の無力さを突きつけられる映画でもあります。

気づけば、この映画には明るく日が差すシーンがひとつもないのです。エンターテインメントの表舞台とは真逆の深海のような世界です。闇が深ければ深いほど、表舞台の華やかさが引き立つものなのでしょうか。

直接的な表現はほとんどなく、登場人物はほぼ無表情なまま物語が進行していくからこそ、余計にその闇の深さを感じさせられます。

「今日はもう君はいらない」
という会長の一言で、彼女の一日の仕事は終わります。

オフィスを出た真向かいのカフェで、やっと少し落ち着いてマフィンをほおばりながら、彼女は、一日遅れで父親の誕生日を祝うために電話をします。

「父さんも母さんもお前の活躍を期待しているよ」
「また週末に電話でいろいろ仕事の話を聞かせてくれ」

父親のそんな言葉をどんな思いで彼女は聞いていたのでしょう。

最後まで海の底にいる感覚を拭えない映画でした。


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