見出し画像

シアワセトリップ 2-8

夜7時。
食事を済ませた藤野の母親は居間で本を読んでいた。そこに藤野がやってくる。
藤野「母さんちょっといい?」
母「なによ、うやうやしく。」
藤野「いやちょっとさ、これ。」
藤野は母親に手紙を渡す。
母「なにこれ?」
藤野「何って手紙。」
母「読めってこと?」
藤野「いや、今読まないでほしい。」
母「じゃあいつ読んだらいいのよ?」
藤野「僕が死んだ後。」
母「ははは。あんたね、そんなおもしろくない冗談言われても笑えないわよ。」
藤野「冗談じゃないんだ。僕、戦地に行くことになった。」
母「へー・・・それっていつ?」
藤野「一週間後。」
母「そう。」
藤野「母さん。」
母「別に無理に行く必要は無いんじゃないの。無視すればいいのよ。そんなの。」
藤野「それだと僕や母さんはタダじゃ済まない。」
母「一丁前なことを言うねぇ。憲兵さんが恐くてスイカは育てられないよ。」
藤野「母さん、僕は大真面目だ。」
母「行ってどうするの。体力もないアンタが。辰巳君はもう守ってくれないよ。」
藤野「あいつに守ってもらわなくても戦える。」
母「ふーん、そう。」
藤野「僕はみんなのために戦場にいくよ。」
母「・・・そういえば、アンタもそんなこと言ってたねぇ。」
母親は本を閉じて遠くを見つめている。
藤野「・・・僕、行くから。」
母「どうしてもかい。」
藤野「うん。」
母「死ぬのは恐くないのかい。」
藤野「恐いよ。でも僕は死にに行くんじゃない。国のためでもない。戦場で必死に戦っている僕と同じような仲間の為に行くんだ。僕はその人達みんなの役に立ちたい。目の前の現実から逃げたくない。」
母「・・・何を言ってもダメみたいだね。」
藤野「ごめん。」
母「はぁ、瑞樹はアンタに似て頑固になっちゃったみたいだね。」
戸棚の上にある家族写真を母親は見ていた。
藤野「だからもし僕が死んだ時のためにそれを・・・」
母親は貰った手紙をビリビリに破る。
藤野「あ!ちょっと何してるんだよ!」
母「あんたね、決意が足らないんだよ。あんたの父さんもね、こんなもの書いていったけど、結局帰ってこなかった。だからこんなものはいらないんだよ。」
藤野「僕の決意が足りないと言うこと?」
母「そうだよ。死にに行くんじゃないんだろ。だったら死ぬこと前提でこんなもの書くんじゃないの。絶対に生きて戻る。そう約束するなら私は許す。」
母親は立ち上がってどこかに行く。
藤野「でもこれ書くのに結構苦労したんだけどな。・・・母さん?」
母「問答無用!」
母親は薙刀を持ってきて藤野に振り下ろす。
藤野はそれをすんででよける。
藤野「ちょっとちょっと!危ないって。」
母「銃弾はこれより何倍も早いんだろ。こんなの避けられなくてどうして生きて帰って来られるって言うんだい。」
藤野「いや、それとこれとは話が別だし。」
母「問答無用!」
藤野「ひぃー!」
母親が振り回す薙刀を藤野は交わして、庭に追い詰められる。
追い詰められた藤野は鶏のポチを抱える。
母「あんたが戦場に行くのは勝手だけどね、私の許す許さないも勝手だから。」
藤野「僕は生きて戻ってくる!だから信じて欲しい!」
母「あんたが骨折して戻ってきたように、腕の一本でも落とせば行かなくてもいいんじゃないの?」
藤野「本末転倒だよ!」
ポチ「コケー!」
母「問答無用!」
藤野「やめろー!」
ポチ「コケー!」
母は藤野に薙刀を振り下ろす。
が、刃先はそれて地面へ。
藤野「へ?」
母親は藤野に抱きつく。
母「馬鹿だねぇ。アンタも父ちゃんもほんとに馬鹿だよ。バカは死ななきゃ治らないんだ。もう勝手にすればいいんだよ。うわーん。」
母親は泣いている。
藤野「・・・僕は生きて戻ってくるよ。絶対。」
母「そんなの信じられるもんか。」
藤野「僕は仲間の役に立ちたい。」
母「勝手にしなさい!うわーん。」
母親は藤野にビンタを食らわせて抱きつきながら泣く。
藤野「ごめん。ありがとう。」
第3章へ続く・・・

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?