安藤うどん
大和國は劣勢を強いられていた。追い詰められた大本営はおよそ人の倫理から外れた実験を企てる。 実験の責任者である千住博士は大本営からの命令に辟易しながらも純粋な好奇心、自身の守るべき信条の為に研究を続けていた。 そんな千住の実験に巻き込まれた辰巳竜司と藤野瑞樹の二人は多くの人を巻き込みながら数奇な運命へと誘われてゆく・・・。
ショートショートを書くのが好きなので、作りました。 オチを考えるのが最高に楽しい。
「ちょっとそこのお嬢さん」 声のかけられたほうに振り向くと、夜外灯の下、ブラックスーツに身を包んだ背丈の高いシルエットが佇んでいた。これからどこかの舞踏会にでも出向くつもりなのだろうか、真っ赤な蝶ネクタイにクラウンの長いブラックハット。おまけに臍の位置まで伸びた木製であろう杖まで携えている。ここ某田舎のホームセンター駐車場にはどう見ても場違いな出で立ちのように思えた。歳は40~50代ぐらいであろうか。ハットのつばがどうにも長いせいで顔は影に隠れてはっきりとみることはできないが
夜7時。 食事を済ませた藤野の母親は居間で本を読んでいた。そこに藤野がやってくる。 藤野「母さんちょっといい?」 母「なによ、うやうやしく。」 藤野「いやちょっとさ、これ。」 藤野は母親に手紙を渡す。 母「なにこれ?」 藤野「何って手紙。」 母「読めってこと?」 藤野「いや、今読まないでほしい。」 母「じゃあいつ読んだらいいのよ?」 藤野「僕が死んだ後。」 母「ははは。あんたね、そんなおもしろくない冗談言われても笑えないわよ。」 藤野「冗談じゃないんだ。僕、戦地に行くことにな
時刻は午後4時過ぎごろ。 藤野の家には憲兵が来ていた。 憲兵「・・・以上だ。一週間後の出撃に備えておきなさい。」 藤野「わかりました。」 憲兵は玄関を出て行く。 藤野は間口でため息をついて大の字に横たわる。 藤野「とうとう来ちゃったか。母さんになんて言おう・・・。」 沈黙、時計の秒針が静かに響く。 藤野「・・・考えていてもしょうがない。後一週間、やるべき事をやろう。」 藤野は立ち上がり、部屋に戻ってきて紙とペンを取り出して、黙々と何かを書き出していく。 その背中を背景にフェー
リンの回想。 リンとシエルは山間の小さな集落で育った。父親は国の兵役にずっと出ており母親はいつも仕事で夜遅くまで帰っては来なかった。 リンが学校から帰ってくるとシエルが家で荷物をまとめていた。 リン「何してるの?」 シエル「あ、姉ちゃん。おかえり。」 リン「ただいま。なんでもいいけど、それ後で片付けなよ。」 リンは背負っていたリュックを降ろす。 シエル「違うよ。これは奴らが攻めて来た時の為に必要な物を纏めてるんだよ。」 リン「どういうこと?」 シエル「ぼく、学校で聞いたんだよ
時刻は午後2時ごろ。 下野駅(日本の上野駅モチーフ)の周辺では憲兵が目を光らせていた。 憲兵「このあたりで外人の子供を見なかったか?」 老人「い、いえ。」 憲兵「見つけたらすぐに我々に連絡しろ。いいな。」 老人「はい。」 リンはその様子を建物の陰から見ていた。 マントにはフードがついていて目深に被っている。 リンの心の声 リン『あの軍服を着た男達。おそらく私を探しているのだろうな。気をつけなくちゃ。』 その時、リンのお腹が大きく鳴り、ぽつりと呟く。 リン「Ah〜hungry・
辰巳竜司は白い部屋で寝転んで藤野瑞樹のことについて考えていた。 竜司「藤野瑞樹、藤野瑞樹、藤野瑞樹・・・あーよく思い出せない。」 ドアをコンコンと叩く音、女性の声が扉の奥からする。女性の名前は花坂紗子という。 花坂「花坂です。お食事をお持ちしました。」 竜司「はい、どうぞ。」 花坂「失礼します。」 花坂は手にトレーを持っている。トレーにはおむすび2個と焼き鮭、梅干しと沢庵が一つと味噌汁が載ってある。 竜司「いつもすいません。」 花坂「いえ、辰巳伍長の身の回りの世話をするのが私
時計から正午を迎える音が鳴らされ藤野はそれに気づいて編み物の手を止める。 藤野「もうそんな時間か。」 藤野は台所に向かう。 床下収納からさつまいもを取り出す。 藤野「やっぱりこれしかないか。後は・・・」 藤野は庭に来て鶏のポチを探す。 ポチはスイカの側で休んでいた。 藤野「あ、いたいた。」 藤野はポチの座っている場所に手を潜らせて卵を探すが、見つからない。 藤野「ないか・・・頼むから産んでくれよな。」 ポチは涼しげな顔をしている。 藤野「涼しげな顔しやがって。しょうがない。カ
蝉がけたたましく鳴いており、水の張った水田で藤野の母は汗を滴らせながら草取りをしていた。 そこに藤野がやってくる。 藤野「僕も手伝う。」 母「ああ、お願い。」 藤野は靴を脱いでズボンを捲り上げてゆっくりと田んぼに入る。 二人は黙々と雑草を摘んでいく。 藤野の近くに母が草を摘みながら話しかけてくる。 母「・・・今日は辰巳君を探しにいかなくていいの?」 藤野「うん。」 母「草取りなんてすぐ終わるし、行っていいんだよ。」 藤野「でも母さんはこの後配達行くし、留守番が必要でしょ。」
藤野は朝刊を見て戦慄いていた。 朝刊の見出しには「狭島壊滅」と大きく書かれている。 「狭島壊滅」 狭島市は敵B29少数機ノ攻撃ニヨリ相当の被害ヲ生ジタ・・・ 藤野の母は戦慄いている息子に声をかける。 母「どうしたの?」 藤野「狭島が壊滅したって。」 母「そう・・・死者は?」 藤野「判明はしてないみたいだけど、狭島市の人口は数十万だと思うから。」 母「ねぇ瑞樹、狭島の人たちはなにか殺されるようなことをしたんだろうかね。」 藤野「・・・そんな訳がない。」 母「だよねぇ」 母は遠く
辰巳竜司は椅子に座り、何か考えている素振りだったが、やがて思い出し、目の前に座る千住に答えた。 竜司「・・・覚えている。」 千住「へー!覚えてるんだ!へー!」 竜司「なんでそんなに嬉しそうなんだ?」 千住「だって竜司君、自分の名前すら忘れてたのに、その子の名前は覚えてるなんて意外以外の何物でもなかったからさ。で、どんな子なの?その藤野瑞樹とは。」 竜司「・・・家も近所で小さい頃から遊ぶ仲だ。」 千住「他には?」 竜司「俺にとっては大事な友達だと思う。」 千住「へー、それってつ
藤野が家に帰ってきたのは午後7時ごろであった。日は沈みかかろうとしていた。 藤野「ただいまー」 居間では藤野の母が夕食の支度をしていた。 母「おかえりー、ご飯もう少しでできるから。」 藤野「今日仕事手伝えなくてごめん。明日は田んぼ手伝うから。」 母「別に一日ぐらいどうってことないわよ。それより、会えたの?辰巳君。」 藤野「あぁ・・・会えなかった。」 藤野は家着に着替えている。 戸棚には瑞樹、母、そして父親が三人並んだ写真が置いてある。 母「えーなんで。だって戻ってきてるんでし
藤野は包帯を取り替えた怪我人とともに病院の屋上に来ていた。 空は雲ひとつない夏空である。 怪我人の名前は石橋実光。 石橋はタバコを吸っている。 石橋「お前も吸うか?」 藤野「じゃあ一本だけ。」 藤野はタバコを受け取る。 石橋「火、つけてやるよ。」 藤野「どうも。」 ライターで火をつける。 藤野「ふ〜・・・たまにはいいもんですね。」 石橋「これで貸し借りチャラな。」 藤野「貸し借りだなんて、僕は思ってませんよ。」 石橋「いや、俺が気にする。」 藤野「そうですか。」 二人とも空を
千住は自室の室内で特殊なケース内に栽培している大麻草「カルマ」を眺めていた。 千住の愛猫である黒猫のトトが窓際で寝ている。 千住「あと少しで成熟するか・・・早く試したいなぁ・・・」 すると戸をノックする音が聞こえてくる。 女性研究員「千住様に報せがあり参りました。」 千住「うん、どうぞ。」 千住が促すと女性研究員が入ってくる。 女性研究員「失礼します。先程天宿にある国立病院の看護婦より入電。試験番号25番、辰巳竜司を探す男が現れたとのことです。」 千住「国立病院からね、てこと
藤野瑞樹は天宿にある国立中央病院に来ていた。 看護婦「辰巳竜司さんはこちらに入院はされていませんね。」 藤野「すいませんけど、もう一回だけ名簿見ていただければ。」 看護婦「あの、もう3回見ていますが。」 藤野「いやそこを何とか。」 看護婦「申し訳ないですけど、我々も他の業務がありまして、後ろにも並んでおられる方がいらっしゃいますので。」 藤野は後ろを向くと行列が出来ていた。 藤野「ははは、ごめんなさい・・・。」 藤野は諦めて受付から離れる。 近くの椅子に座って次にどうするかを
藤野瑞樹と近兼城悟はとある屋台に来ていた。 店の名前は「平野屋」。 そこで注文したのは牛丼。 ホカホカの牛丼を目の前にして目を輝かせる藤野。 店主「へいおまち。」 藤野「あぁ・・・こんな贅沢な食べ物を僕なんかが食べていいんでしょうか?」 近兼「俺たちは兵隊だぞ。精のつくもの食べないでどうする。」 藤野「じゃあいただきます!」 藤野は口いっぱいに牛丼を頬張る。幸せそうに食べる藤野をみて近兼も食べ始める。 近兼「いただきます。」 藤野「ん〜、牛肉とツユとご飯が絶妙な調和を奏でてて
藤野瑞樹が駆け付けたのは大本営近くにある乃ノ木第一宿舎。そこは藤野が所属している第一部隊連合が寝泊まりしている宿舎である。 藤野はとある部屋の引き戸を開けた。 藤野「失礼します!第一部隊連合伍番連隊所属の藤野瑞樹一等兵です!戦地より帰還したとの報を受け駆け付けました!」 その部屋には藤野の上官の近兼城悟がいた。 近兼は机上で手紙を書いていた。 近兼「おー藤野か。御苦労さん。骨折の方はどうだ?」 藤野「はい!まだ痛みはありますが、大方医者からはあと一週間程で全治すると言われてい