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シアワセトリップ 2-1

藤野は朝刊を見て戦慄いていた。
朝刊の見出しには「狭島壊滅」と大きく書かれている。
「狭島壊滅」
狭島市は敵B29少数機ノ攻撃ニヨリ相当の被害ヲ生ジタ・・・
藤野の母は戦慄いている息子に声をかける。
母「どうしたの?」
藤野「狭島が壊滅したって。」
母「そう・・・死者は?」
藤野「判明はしてないみたいだけど、狭島市の人口は数十万だと思うから。」
母「ねぇ瑞樹、狭島の人たちはなにか殺されるようなことをしたんだろうかね。」
藤野「・・・そんな訳がない。」
母「だよねぇ」
母は遠くを見る。
藤野はただ黙っている。
鶏のポチが庭を元気に走り回っている。
庭先からは蝉の鳴く声が聞こえ、どこまでも青い空が広がっている。
母「・・・私は多分非国民なんだろうけど、この戦争が私たちにとって良いものとはとてもじゃ無いけど思えなくてねぇ。」
藤野「そうだね。」
母「いつか・・・こんな馬鹿騒ぎも終わってくれるのかねぇ。・・・田んぼ見てくるよ。」
母は部屋を後にした。
藤野の語り
藤野『母は戦争の話をする時、いつも遠くを見る。多分僕に語りかけてるのではなく、その遠くにいる誰かに語りかけている。それはきっと僕の父親だろう。僕の父親は一年前、戦地に行って、そして、死んだ。』
蝉の声が夏の暑さをかき消す程にけたたましく鳴いた。
回想、数年前、まだ戦争が始まる前の話。
藤野の父は水を張った水田で田植えをしている。
藤野も父と共に仕事をしている。
父「そろそろ時間だろう。一休みすっか。」
藤野「うん。」
用水路の水が清らかに流れている。
そこに足をつけて、おむすびを頬張る二人。
父「辰巳んとこの倅は今どんなや?」
藤野「どんなって、何が?」
父「いや、あいつ頭悪かったからなぁ。気になってな。」
藤野「確かに竜司は頭悪いけど、スポーツ推薦で柔道強いとこ行ったって言ってた。」
父「そうか。それ聞いて安心したわ。今も仲ようしとるか?」
藤野「近所だし、まあね。」
父「お前あいつのことは大事にしとけよ。絶対お前の助けになってくれるはずやからな。」
藤野「あいつの助けは借りたく無い。」
父「はっ、小さい頃泣かされてたお前がよう言うようになったな。ははは。」
藤野の父は大きな声で笑った。
藤野「うるさいな。ちょっと家戻るわ。」
父「おう。休んだらまた来いよ。苗植えんと終わらんからな。」
藤野「はいはい、わかってる。」
ここから藤野の語り。
藤野『父は工場で働く傍ら、時期が来ると休日は米作りに精を出していた。学校が休みの日は僕も勉強の合間を縫って手伝うのが藤野家の不文律である。何気ない僕と父親の会話もこの先変わることは無いのだろうとあの時の僕はなんとなく思っていた。だが、そんな初夏の平凡な一日はあの戦争により二度と訪れることはなかった。それに気づいた時、僕はあの光景が尊いものだったと思い知るのだった。』
回想終了
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