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短編「結婚の決め手 」

「なんでわたしと結婚しようと思ったの」
「唐突だね」
「突然気になって」
 僕たちが結婚したのは去年の春。もうすぐ一周年を迎えようとしている。同棲を経て出会って三年で結婚し、それからもう一年が経つなんて、時間が経つのは本当に早い。そういえば「結婚の決め手」なんて話題で会話したことなんか今までなかったと少し反省する。
「まあ、いろいろあるけど……」
「いろいろあるんだ」
 なんでもない風を装いながら、少し弾んだ声の彼女が愛しい。こういう、クールに見えて実はかわいいところも結婚の決め手と言えば決め手だが、それを言うとたぶん彼女はちょっと嫌がるので口には出さない。
「ほら、ちょうど同棲を始めたときにさ、俺が料理する機会があったじゃん」
「カレー事件ね」
 口元を緩ませた彼女が言う。同棲を始めたころ、帰りの早いほうが料理を作ろうというルールを設けていたのだ。そのころ彼女は比較的余裕のある部署だったからほとんど任せきりにしていたのだが、その日は突然やってきた。
「もうさ、ごはんの炊き方から野菜の切り方から、ほんとわけわかんなくてさ」
「一口食べるたびに、何かがガリっていったよね」
「そう。なのに、あれを完食してくれたじゃん。せっかくわたしのために作ってくれたんだもん、おいしいよって。すっごい情けなかったけど、でもほんと嬉しくて。それで、次の週末から簡単な料理教えてくれてさ。結婚して幸せにするぞって、思わないわけにはいきませんよあれは」
 こういう、普段はクールなのに実はものすごく優しいところだよ、とはやはり言わないでおく。
「まあでも一番の決め手は……」
「さっきのが一番じゃないんだ」
「いや、本当に些細なことなんだけどさ」
「うん」
「レンタカー借りてドライブした時」
「え、あれけっこう序盤のデートだよね、突然お伊勢さんに参ろうって弾丸で行ったやつ」
「そうあれ。あのときにさ、大通りから、細い道に右折しようとしたときに」
どんどん車が流れるのでなかなか右折できなかった時に対向車が譲ってくれたそのときだ。助手席に座っていた彼女が、譲ってくれた運転手にぺこりと頭を下げたのだ。
「それがもう、なんか、すっごい良くて。結婚するなら絶対この子だって、雷に打たれたね」
「そこ?そこが一番の決め手?」
「そうだよ。良くない?めっちゃ。もうほんと、決め手が訪れるの早かったよー」
「意外とわかないもんだね……聞いてみてよかった、かも」
 今後もそういうところ大事にしよ、とつぶやく彼女のそういうところが好きでたまらないのだ。

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