自分をどんどん大切にしよう!
我を滅する・わがまま(我儘)
我を通してはいけない
よく言われますよね?
んで、【我】とはなんぞや?
ですが、わたしの解釈では
自我《エゴ》のことです。
それは、本当の自分
(内側・女性性など)
の事ではありません。
なので
周り(他人)ではなく、まず自分を大切にする
感じたことを行う
などと言うと、我が強いとか言う否定的な話になりますが
それとは別の話ですね。
たとえば、
飲み会に誘われて
【行きたくないけど、みんなに悪いから】
▶︎相手への思いやりのようですが、
自分が嫌われたくない・自分が迷惑かけたと思われたくない・わたしが相手に〇〇と思われたくない
という、自我(思考)。
これ、悪いとかいいとかの話してないので
誤解のなきようお願いしますm(_ _)m
もし、これがわたし主体の内側からの感覚に従うと
行きたいのか?
行きたくないのか?
2択になります。
本来その基準で物事を選ぶことが
自分を大切にする
という事だと感じます。
だが、しかし…
もちろんそう簡単にはいきません。
自分の心には、それはいけないことだというジャッジ(価値観)
が刷り込まれていますので、躊躇しますし
それを出すのって案外怖いw
実際社会で生きていくには、出来ない場面も多々あるでしょう。
わたしも減ってきたとはいえ、もちろんありますよ~。
ただ、それが
分かってるのと、無意識(気づかず)に…とは大違いです。
自分を抑えて合わせたな~、と感じているのか
全然フツー、何も感じずに当たり前に自分を抑えてしまっているのか?
無意識を意識する。
全てを、そうするとかそうしない(二択)ではなく
どう感じているかに氣付くこと、いつもの選択を再度確認すること
が大切かな?って思います。
ひとりひとりが、それを大切にして
そういう(世界観)の人の中にいたら…
と仮定したらどうでしょう?
やりたいことはする
やりたくない事は断る
→そうなったとしても、自分の中で
いい・悪いとか(ジャッジ)に基づかないこと。です。
自分が内側をコントロールせず、自分の選択に許可できると
相手がそう感じることを
コントロールできるものではないってことが心で解かるんです。
すると
断られてもOK
乗っかってもOK
~ただ、相手の気分がそうであるだけだから。~
って、なりますよね?
自分を知って、大切に扱い尊重出来ると
イヤでも少しずつ他人も尊重できます。
自然に…
それが自分の当たり前になっていくから…です。
少しずつ、自分の声を聴いて
せめてイヤだと感じることは、小さないま可能なことからでも
やらなくていいように…と環境を整えてあげることも大切ですね🍀
人間は環境に順応していくので
どこに身を置くか?誰といるか?
そして、誰といないのか?
は、とても大切だと思いますよ🥰
ポンコツなわたしの実験みたいな体験記事などを書いています。 文章下手ですがフィーリングで読んでくれたら嬉しいですw みんなが「あ!いま、もうしあわせなんだ(笑)」と感じて、ゆるゆると過ごせますように… 応援してくれたら、喜びます😄