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小説「マネーロンダリング」に学んだ一生物の危機感

先日の記事を書いて、懐かしくなり橘玲の「マネーロンダリング」を再び読んでみた。

著者の初めての本格的な小説ということで、最初の方は随所に「素人っぽい」感じもあるのだが、金融業を取り巻く、実務レベルの圧倒的な知識に裏付けられたリアリティが、知的好奇心を常に刺激するので小説の技法としての細かいところはあまり気にならない。少し情報が古いところもあるようだが、面白さの要は金融情報の新しさではない。

先回の記事では、「主人公は香港に1億円の貯金がある30代の女もいない草食系男子」などと書いたが、だいぶ昔に読んだので、いろいろと細かい設定を間違えていた。詳細は読んで確認してみて欲しいが、やはり面白かった。今回は、まだ大学生の時にこの本を読んで理解した、この世の中の仕組みと、そこでサバイバルするために最も重要な考えを述べたい。

情報強者と「公平」な世界

この本では、一般に公開されている、ある情報とある情報を組み合わせたときにその情報が持つ意味が透けて見える人間と、そうでない人間がいる。前者が常に有利にことを進める、つまり人間界の弱肉強食という当たり前の現実に、読者は直面し続けるのだが「一般に公開されている情報」というところがミソだ。少なくとも理屈の上では、誰にでも手に入れられる情報がある。そう言う意味で、世界は公平である。ところが、それを使う人間の能力、知識、想像力によって、結果に差異が生まれる。公平な社会は必ずしも結果平等にならない。これは、資本主義社会の原則だ。

そして、情報をもとに、何かを実行したり、ポジションをとる時には、必ずその予想が外れるリスクがあって、どんな情報強者でも100%の未来を作ることはできない。情報やその解釈の品質は、近い将来起こる結果の実現可能性を高めはするものの、約束はしない。どんなこともやってみなければわからないというごく当たり前のことなのだが、そのリスクを引き受けるか否かの判断は、常に立場や欲望といったバイアスがかかることが避けられない。

作品の中で、このことを象徴する場面がある。主人公がやくざとのやりとりで、こんなことを言うのだ。

「あなたが僕の条件を飲んでくれたら、僕は約束を守る。その金をどうしようが、あなたの自由だ。」

主人公は、自分が相手の欲しいものを手に入れられる能力があることをわかっている。だからこんな風に言えるのだが、そう言われたやくざはこう切り返す。

「あんたが約束を守るって、なぜわかる?」

当然の質問だ。私は、読みながら、次に主人公が相手をどう「説得」するのかと考えた。だが、ここで、主人公の答えはなんと

「信じてもらうしかない」

と答える。つまり、欲しいものがあるなら、やくざでもリスクを負わなければいけない、あるいは、情報強者としてなら、まともに喧嘩をしたら叶わない相手にも、交渉の余地が生まれるということだ。私は、ここで唸ってしまった。それは、自分にも相手にも負うべきリスクというものがあり、前者を小さく、後者を大きくすることが、交渉の基本戦略だとわかったからだ。ここで、相手を説得しようとしてしまった私の考えは、典型的な情報弱者のそれだったのだ。

結局、誰もが自分の責任の範囲で引き受けられるだけのリスクを背負って判断をするしかないのだが、情報弱者は、上記の理由で自分で責任を取れない大きさのリスクを無自覚に負ってしまう。そして、リスクが潜在している状態を不幸、顕在化した状態が悲劇だ。

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