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うさぎのももた

ももたが死んだ。

私たちのももたが死んでしまった。

本日、2020年7月8日の午後6時半に、獣医の手で静脈に薬剤を注射され、穏やかに逝ってしまった。

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2週間ほど前に少しだけ右足が引っかかるようになって、たちまち両足が動かなくなり、ひっきりなしに大きく腹を膨らませたり縮めたりしながら呼吸するようになった。獣医は、神経に問題があり、進行している。最悪の場合、自発呼吸ができなくなる、と言った。

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一度、斜頸をやったことがあったから、それの影響かもしれない。それならば、エンセファリトゾーンを駆除するパナキュアなる薬が効くかもしれない。インターネットでも斜頸をやったうさぎが4ヶ月後くらいに麻痺が出て、パナキュアで治った例があった。一縷の望みをかけて、大好きなりんごやバナナに苦いパナキュアを混ぜてのませた。毎回、うまそうに全部平らげた。

しかし、麻痺はどんどん進行した。ももたを持ち上げると、驚くほど軽く、こんもりと丸かった尻は筋肉が落ちて上から見ると漏斗のような形になり、脛は食べ終えた後の手羽先のような触り心地だった。まったく筋肉がついていない。くさやペレットやフルーツを持っていくと、むしゃむしゃと嬉しそうに食べているのに、だ。衰えは、ずっと前から徐々に進行していたようだった。

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昨日から、もう全く自力では歩けなくなってしまった。前足で体をひきずろうと試みると、横に投げ出された左足(と右足)を中心にしてその場で回転してしまう。後ろ足にかかった摩擦力に、前足の筋力が負けていた。つい2日前までは、20センチの高さがある柵を麻痺した下半身を引きずりながら飛び越えていたのに。

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昨日、獣医は、エンセファリトの影響による神経異常の可能性はゼロではない、と言った。しかし、おそらく違うだろうと言っていた。その場合は、安楽死させることが賢明だと言った。その時点で呼吸はかなり荒く、息苦しさを感じているかもしれないとのことだった。私は、獣医に診せに行ったのが私でよかったと思った。妻は家で息子と番をしている。

エンセファリトの薬を数日試して、改善がみられないなら決断する、と答えて昨日は帰宅した。しかし、獣医の言葉が気になった。確かに可能性は、ないわけではない。試すことはできるし、そうしたい。まだ一緒にいたい。

しかし、薄い望みにかけて問題が解決しなかった時に、ももたに与えるかもしれない苦しみを想像した。動物はいつか死ぬ。それならば、うれしそうにくさやペレットやりんごを食べられる元気があるうちに、穏やかに送ってあげるのが、我々の責任ではないか、と私は妻に言った。妻も同じ意見だった。ももたが苦しまなければそれでいい、飼い主が悲しめばいいのだから。

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今日は、Big Dayだった。

まず、前夜はいつもより長めに一緒にいた。どのみち息子の夜泣きに起こされるのだ、それでも眠気に勝てずに就寝、朝方息子に起こされた。妻が獣医に電話し、わたしたちの決断を伝えた。午後6時前の予約をとった。

ぐずついた天気も、午前遅くに回復しだし、庭に日が射して暖かくなってきた。私は、ももたを最後に庭に出すことにした。最近は、怪我をしないようにずっと室内のケージに入れていたのだ。芝生や砂利やウッドデッキの感触、なにより外の気持ちの良い空気を吸って欲しかった。

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久々にパートナーのコップと引き合わせた。コップも気にかかる様子だが、ももたはかったるそうにしている。ときどき、弾かれたように動こうとするのだが、前足は横へ滑り、その場で回転するばかりだ。ちょっと考えて、手羽先のようになった足を持ち上げてみた。すると、いきたいところがあったのか猛然と直進してすぐに止まった。動くと呼吸が荒くなる。

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できるだけ日なたになっているところにももたを置いて、しばらく放って置いた。ときたまコップが思い出したように近づいてきて、一緒に草を食べたり毛づくろいをしたりしていた。その間、私は室内に設置されていたももたのケージと柵を撤去して、掃除機をかけた。獣医から戻ってきた後、部屋を片付ける気力は残っていないだろうと思ったからだ。その後、息子を寝かしつけた妻と昼飯をとったが、なんだかあまり喉を通らなかった。

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日が傾く前にももたの汚れた臀部と後ろ足を洗うことにした。ぬるま湯を洗面器に用意して足湯よろしく浸からせた。足を触られるのが嫌いで、爪切りの時はあんなに大暴れだったのに、今日はおとなしいものだ。手袋をして洗うと、見る間に洗面器の中が茶色くなる。湯を替えてもう一度洗うといくらかよくなった。タオルでくるみ、ドライヤーで尻の毛をかわかしてやった。

そうして、陽の光のしたで記念写真を取ることにした。庭に椅子を3つ並べて、真ん中に息子、両脇を妻と私がそれぞれコップとモップ(ももたの本名)を抱いて、タイマーで撮影した。鉢植えのレモンの木を入れたその写真は、明日プリントアウトして部屋に飾る予定だ。

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日が傾いてきた。あと2時間で出発しなければならない。車の準備や、息子の寝起きや授乳のタイミングもある。ももたを室内に入れて、窓際に置いた。息子を隣に置いてみた。息子は長男だが、先任順からいえば、ももたは「兄ちゃん」だった。前にも、少しだけ近づけてみたことがある。ももたは控えめに弟の頭をスンスンと嗅いだ。挨拶のつもりだったのだろうか。

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りんごを食べさせてやろうと思って、細かく切ったりんごを小さなカップに入れて与えると、うまそうに食べた。そうやっていろいろと準備しながら、ふとこいつとはあと2時間でお別れなんだと思うと、不意に感傷がこみ上げてきた。

こいつは、いいやつだった。

もともと飼育放棄に近いことをされて、施設にレスキューされていたももたを、我々は引き取った。前はたしかウィスカスとかなんとかかっこいい名前をつけられていたが、先任うさぎのコップとの語呂もあり、モップという名をつけた。もーもー呼んでいるうちにももたろうとかももたになり、最近はもっぱらももただった。

うさぎは喧嘩をするので、コップとは時間をかけてボンディングした。今ではいつも仲良く寄り添って、寒い日を2羽でしのいでいた。これから、コップはまた1羽になってしまうが、彼女はそんなこと、もちろんわかっていない。

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俊敏でおてんばなコップに比べ、鈍臭いがおとなしいももたはいつもコップのあとをポテポテとついていく愛嬌のあるうさぎだった。ケージの扉を開くと弾丸のように飛び出してくるのはいつもコップだ。その後をよたよたとついてきて、いつも入り口付近で一旦止まる。警戒心があるのだろう。こっちが少し道をあけると、やっと満足して出ていく。撫でてやろうと手を伸ばすといつもすっと身をかわすくせに、あるときは自分からすり寄ってきてデコを突き出してくる。本当にかわいいやつだった。そんなももたとも、あと2時間でお別れなのだ。

もしかして、パナキュアが効いているんじゃないか、という思いがなんども去来した。もしかしたら、少しずつでも効いていて、もうあと1日待てばまた足を引きずりながら柵を超えてくるかもしれない。でも、その思いをすぐに打ち消した。もう、決めたことだ。悲しみと向き合うことは、飼い主の義務だ。そのために、今日1日を大切に過ごしてきたのだ。

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時間が来て、息子をチャイルドシートに埋め、ももたをキャリーケースに入れた。道は混んでいて、いつもより時間がかかったが、気にならなかった。信号で止まるたびにちらりとケースを覗く。ももたは、おとなしくしていた。

獣医について、キャリーケースとチャイルドシートを両方持って院内に入る。息子は間欠的にぐずるが、なんとか持ちこたえている。少し待って、処置室に入り、説明を受ける。安楽死の承諾書にサインをしなければならない。火葬してもらうことにした。スラスラとサインをし、その旨をナースに伝えると彼女は別室に下がり、しばらく時間が流れた。その間、キャリーケースの中を二人で撫で回した。うっとおしそうに首を振るももた。途中で息子が起きて、チャイルドシートから出し、最後のお別れをさせることができた。もちろん、お互いはわかっていないだろう。

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医師が現れ、ついにその時がきた。静脈注射は、耳経由で行う。点滴針を耳に刺したももたが、目の前に横たわっている。しずかにその体を伸ばして我々からの最後の愛撫を受けているとき、医師がゆっくりと青い液体が入ったシリンジを押し絞った。ももたの体がわずかに振動して、その後すぐに体の力が抜ける。目が少し曇ったように見えた。伏し目がちなまぶたがさらに下がって、荒かった腹部の運動がすっと止まった。医師が聴診器で心音を効く。

「He is gone.」

隣では、妻がももたを撫でながらぽろぽろと涙を流していた。

それからしばらく撫でていた。ももたは、まだ温かかった。目を閉じてやった。穏やかに眠っている。医師が帰って来て、ももたをタオルにくるんで抱きかかえた。息子に手をふらせた。もう一度優しく頭を撫でて、さよならを言った。扉の向こうに消える直前のももたのひらべったい顔が、まっすぐこっちをむいた、幸福そうな顔だった。

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家に帰ると、ももたがいた窓際にはまだあいつの雰囲気が残っていた。白い小さな瀬戸物のカップがあって、その中にはりんごのかけらがまだかなり残っていた。家を出る前にあげたりんごだ。なんだ、最後くらい、全部食べればよかったのに。あんなにうまそうに食べてたじゃないか。

悲しいけれど、今日送ることができてよかった。もうおまえは苦しまなくていい。代わりに、我々がたくさん悲しむことにするよ。



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バイバイ、ももた、ありがとう。いずれ、な。



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