メルカトールの世界地図 日付変更線

あの日、ぼくらの鞄の中には林檎がひとつ。
 
 地理の先生が不思議なことを言った。
 
 「来週の授業に林檎を持ってくるように。」
 
 地理と林檎。
 
 (おかしなくみあわせ。尻とり遊びか。なんかの冗談だと思ったに違いない。)
 
 ぼくの鞄の中に林檎がひとつ。寒さが足らずまだ赤くない。
 
 地理の授業が始まった。
 
 みんなの机の上には赤い林檎がひとつ。

 地理の先生が林檎を持った。
 
 すると林檎が地球儀になった。
 
 これから林檎の皮を剥いてもらう。
 
 左手に林檎、右手に果物ナイフ。
 
 ナイフを林檎にあてる。
 
 左手で林檎を回して皮を剥く。
 
 ピーラーなら簡単なのに。
 
 指切ったらどうするんだよ。
 
 雑音が地球儀に降り注ぐ。
 
 北極地方から皮にナイフを入れた。
 
 「ここが日付変更線だ。」
 
 みんなも左手で林檎を回して皮を剥く。
 
 だれかが言った。
 
 「これって自転と同じだ。」
 
 「そのとおり。きみたちが左手を止めると地球も止まるぞ。」
 
 ざわつきが消えて静かになる。
 
 剥けたところからが光りがおとずれる。
 
 日本に朝がやって来た。
 


 「先生、左利きはどうしたらいいですか。」
 
 ぼくは右手で林檎を回す。
 
 「なら、きみはマゼランの世界一周だ。彼ら一行は自転と反対方向に航海したぞ。」
 
 左利きは朝から逃げて夜をさかのぼる。
 
 日付変更線を境に、ぼくは昨日のぼくになる。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?