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教会のオルガン

 「オルガンが壊れた、音が止まらない、すぐに修理に来てくれ」
と牧師から電話が入ったのはもう夕方6時をまわった頃だ。
外は雪でただでさえ寒いのに、教会で、これから?と思ったが、とにかく着込むだけ着込み急いで車を走らせた。

 そこは子どもの頃から通っていた教会だ。
オルガンは私の生まれるずっと前からあり、ひなびた特徴のある音を出した。
それを「クセがある」と欠点のように言うひともいたが、私は子どもながらにその味のある音が好きだった。
時々、演奏中に鍵盤が下がったまま戻らないことがあり、何事もなかったように演奏する奏者を見て、可笑しくてニヤニヤして父に叱られた。
 私はいつしかオルガン奏者になりたい思うようになった。
そしてこの教会で慣れ親しんだオルガンを弾きたいと思った。
しかし、私には音楽の道へ進める環境も才能もなかった。
ただ幸運なことに、私はいい耳を持っていた。
オルガン奏者にはなれなかったが、その耳を活かして楽器を修理する仕事につき、教会のオルガンの修理を任され時々演奏もさせてもらっていた。
私にとってこのオルガンは古いけれども素直で扱い安く、修理の手間もかからなかった。
ちょうど昨日点検したばがりだというのにどうしたのだろう。

 教会につくとバッハの曲が聴こえて来た。
ああ、もう直ったのか。やれやれ。
ドアを開けると牧師が駆け寄って来た。
「1時間ほど前から急に鳴り出して。自分になんとかできないかと思ったがまるでわからない」
さぞかし格闘したのだろう。汗びっしょりだ。
私はてっきり、どれかの音が鳴り続けて止まらなくなっているのかと思っていた。
だが奇妙なことに、オルガンは曲を奏でていた。
そしてそこに演奏者はいなかった。
勝手に演奏するオルガンを前に呆然としていると、牧師は、大事な用があるから済まないがお願いする、と急いで出て行ってしまった。

 さて、どうしたものかと思案していると、バッハが終わり次の曲が始まった。
「ブクステフーデ、だね」
私が呟くとオルガンの音が大きくなった。
オルガンはこれまで聴いたどの奏者が奏でた音よりも、美しい音を響かせていた。
「そう、この曲のこの小節。素晴らしいよね」
するとまたオルガンはそれを喜んでいるかのように、教会を揺らす大きな音を響かせた。
オルガンは途切れることなく次々と曲を奏でた。
真冬の夜の教会で、私はオルガンの繰り出す温かで優しい音のうねりに包まれていた。
「そうか、そこはそんな風に弾いて欲しかったんだね」
私はオルガンの演奏を聴きながら、時に感想を言い、時に一緒に歌った。
そうやって私とオルガンはひと晩じゅう語り合った。

 電話の音で起こされたのは帰宅してベッドに入ってから2時間も経たない時だった。
電話は牧師からだった。
「夕べはありがとう。オルガン、直らなかったんだね」
直らなかった?
電話の音で起こされて朦朧とした頭のまま、牧師が何を言っているのかすぐにはわからなかった。
ああオルガン。
そうだ私はオルガンを修理していなかった。
オルガンと夜通し楽しい時間を過ごして、修理の事などまったく忘れていた。
「今すぐ伺います」と慌てて言うと、
「いいんだよ」と牧師は静かに言った。
「あのオルガンは処分することになったよ。夕べはそのことで相談に行ってたんだ。そろそろ新しいオルガンに変えよう、とね。君が生まれる前からだからね。ずいぶん働いてくれたよ」
「処分。
オルガンはまだ演奏しているのですか?」
「いいや。夕べとは逆にまったく音が出なくな った」
私は何も聞かされていなかった。
だがオルガンは知っていた。自分の行く末を。
そして昨日の夜がオルガンにとって最後の演奏会だったのだ。
古い友人が招待してくれた優しい一夜。
私は胸が熱くなり言葉に詰まった。

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