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【ショートショート】1985年の贋作小話 その90 「海底二万里」

 ここは太平洋のど真ん中。深い深い海の底です。
 日本人の魚たちとアメリカ人の魚たちが綱引きに興じています。
「オーエス、オーエス!!」アジ、サバ、サンマ、ブリ、カツオ・・・、日本人の魚たちは一所懸命に綱を引っ張ります。
「ヒーブホー、ヒーブホー」アメリカ人の魚たちも必死です。キングサーモン、バショウカジキ、巨大ヒラメにホオジロザメ・・・。西太平洋を回遊中のクロマグロは今はアメリカ人です。
 力自慢のアメリカ人の魚たちが優勢なのですが、日本人の魚たちも持ち前の団結力で必死に抗います。
 決着はなかなかつきません。「オーエス!」「ヒーブホー!」その時です。ブチッという大きな音をたてて、ちょうど日付変更線のあたりで綱が真っ二つにちぎれてしまいました。一所懸命に引っ張りすぎたのです。
 日本人の魚たちもアメリカ人の魚たちも、綱がちぎれた拍子に一斉に後ろにひっくり返ってしまいましたが、魚たちが驚いたのはそれだけではありませんでした。ちぎれた綱の先っちょからまぶしい光が海中を照らしたかと思うと、そこからいろいろなものが次々に飛び出してきたのです。
 東側のちぎれた端からは、相撲レスラーが飛び出してきました。京都の舞妓さんが飛び出してきました。アニメのキャラクターも次々に飛び出してきました。人だけではありません。焼き鳥もカレーライスも、桜並木も除夜の鐘も、中学校の合唱大会も、もう何もかもが飛び出してきました。
 一方の西側のちぎれた端からは大リーガーやヘビー級のチャンピオンやマフィアの親分が、ハンバーガーにゼリービーンズ、教会のお説教から大統領の独り言まで、これまた何もかもがまるでびっくり箱を開けたように飛び出してきました。
 日本人の魚たちもアメリカ人の魚たちもあわてて逃げまどいましたがどうにも間に合いません。飛び出してきたものたちはあっという間に広い広い、そして深い深い海を埋め尽くし、水の中にはもう酸素のひとかけらも残っていません。かわいそうな魚たちは白いお腹を見せて海面にぷかぷかと浮いているしかありませんでした。

 その頃、日本人の男の子とアメリカ人の男の子は、映らなくなった画面をバンバンとたたきながらかんしゃくを起こしていました。
「とうちゃん! イチローが映らなくなったよ!!」
「ママ! ドラえもんが映らなくなったよ!!」

                            おしまい

 
 

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