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【ショートショート】1985年の贋作小話 その87 「阿Q正伝」

 三年もの諸国行脚の末に阿部仇太郎はついに仇敵を探し当てました。後藤又右衛門がささいな口論から父親を斬ったのが十八年前。仇太郎が生まれる半年前のことでした。又右衛門は脱藩、逐電の後、郷里から遠く離れたこの地で日雇い人足となっていました。かぎ穴だらけの上衣に腰に締めた荒縄一本、薄汚れた手ぬぐいを頬かむりして飯場の軒下で膝を抱えていました。
 仇太郎は名乗りを上げると太刀の柄に手をかけました。又右衛門は頬かむりを取り去ると、疲れ切った目で仇太郎を見上げました。「ああ、ようやく会えた」その顔は何か懐かしいものでも見るように穏やかでした。仇太郎の心に何かが引っかかりました。そして、それが何であるのかに気づいたとき、仇太郎は柄にかけた手を解かざるをえませんでした。

 父親が斬られて半年の後に仇太郎は生まれました。長じて夫の仇をとるようにと、母親は赤ん坊に仇太郎という名をつけました。仇太郎はただ、父親の仇を打つためだけに育てられました。母親は仇太郎を早くから町の武道場に通わせました。夜には子守歌のかわりに又右衛門の非道ぶりを何度も何度もくりかえして聞かせました。仇太郎は顔も知らない父親に愛情こそ持てなかったものの、どうにか母親の宿願を叶えてやりたいと思いました。そして元服を待って敵討の旅に出たのでした。

 柄にかけた手を解いた仇太郎はいったんその場を離れ、飯場の井戸から水をくみ上げてたらいに移しました。波打つ水面が静まるにつれ、のぞき込んだ仇太郎の顔がそこにはっきりと映しだされます。そこに映っているのは、紛れもなく若き日の又右衛門でした。仇太郎は長い間抱えていた疑問がようやく解けたような気がしました。
 なぜ誰ひとりとして、自分の成長に父親の面影を語ってくれなかったのか。なぜ母親は又右衛門への恨みを語りこそすれ、父親への愛情を一度たりとも語らなかったのか。そして、なぜそれほどまでに又右衛門を亡き者にしたかったのか・・・。
 又右衛門が父親を斬ったのも、きっと生まれてくる赤ん坊が不義の子であったことに関係しているに違いありません。
「さあ、斬りなさい」
 又右衛門は目を閉じました。でも、仇太郎にはもう又右衛門を憎む気持ちはありませんでした。
 仇太郎は何も言わずにその場を立ち去りました。その時から、仇太郎は親のいない子になりました。母親のもとに帰るつもりはありませんでした。一生かけても母親を赦すことができるだろうか、仇太郎には自信がありませんでした。

                             おしまい


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