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【ショートショート】1985年の贋作小話 その100 「悪の華」

 楽しかったショーもこれでおしまいです。いよいよフィナーレのときがやってきました。軽快なドラムロールにホーンセクション、シャンシャンシャンと鈴が鳴ります。
 踊子たちはくるくると回りながら左右に分かれ、ステージ中央に花道をつくります。電飾のまたたく階段を、いちばん上からおりてくるのは悪の華です。油でなでつけた黒髪に真っ黒なスパンコールのドレス、背中に負ったカラスの羽根飾りがお別れの翼を広げます。かみ手にしも手に、そして二階席へと一礼をくれると、両手をいっぱいに広げて満員の歓声を受け止めます。
「悪党万歳!!」
「ビバ悪党!!」
「悪党よ永遠なれ!!」
 古今東西、老若男女、有名無名の悪党どもが観客席から別れを惜しみます。もうこれで、この世の悪はおしまいです。明日からは、退屈極まりない善の世界で生きなければならないのです。
 深々と頭を垂れた悪の華に紙吹雪が降りかかります。緞帳が下り、音楽が止みます。場内の明かりが灯されました。ショーは終わったのです。
 悪党どもは名残惜しそうにいつまでも拍手を続けていましたが、カーテンコールはしそうにありません。退場を促すアナウンスに、悪党どもは徐々に出口へと向かいはじめました。
「ほんとうにこれで、悪は終わってしまうのだろうか」
 雑踏の中で肩を落とした悪党のひとりが言いました。
「ああ、そのようだな」別の悪党が言いました。「俺たちみたいにわかりやすい悪党はもう流行らないのさ」
「善人どもは今に後悔するぜ」また別の悪党が言いました。「オレたちのおかげで善人でいられたんだってことに気づいてな」

                             おしまい

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