いま、わたしができる小さなおばあちゃん孝行。
今年の祖母は、いつもより穏やか。
毎年お盆の時期になると、暑さで感情のコントロールがむずかしくなるのですが、今年はなんだか落ち着いているようです。
何度かわたしのnoteに登場している祖母は、認知症を患っています。はじめに気が付いたのは、確か2015年の夏だったかな。真横にあるにも関わらず、ずっと訪れていなかった祖母の家。
毎日顔を合わせていたはずなのに、ひさしぶりに訪れた祖母の家は埃だらけになっていて、こんなに近くにいても気づけなかったことに悔しくなったのをいまでも覚えています。
罪滅ぼしではないですが、過去を悔いても仕方がないので、とにかくいまは祖母の近くにいようと思っています。それが、いまわたしができる小さなおばあちゃん孝行。
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お盆の時期だから、ご実家などを訪れていらっしゃる方もおられると思います。祖母の初期症状で「異変」としてわかりやすかったのが、
・部屋が片付けられなくなっている / 同じ服を来ている
・感情が抑えきれず怒りっぽくなる(怒っている理由がむちゃくちゃ)
・物がなくなったことを誰かのせいにする(身近な人を疑う)
この3つでした。もし思い当たる方がおられたら、ちょっと気にかけてあげてほしいです。
ただ、認知症を「受け入れる」のはそんなに簡単なことではありません。日常的に接していないなら、なおさらだと思います。
わたしと祖母のように少し距離があると「もう歳だし仕方がないかな」という程度で済むのですが、血縁が近ければ近いほど「これまでできていたのになんで?」という感情が生まれてくることがあるそうです。わたしも何度か、そういったシーンを目にしました。
先ほど「物がなくなったことを誰かのせいにする」という症状があるとご紹介したのですが、その矛先が息子の嫁なんかになってくると、頭ではわかっていても辛いと思うんです。わが家では、例の通りわたしの母が悪者になることが多く、悲しい気持ちになりました。
わたしが、祖母がなくしたものを簡単に見つけることができたので、そのあたりは家族のなかでうまく役割分担をすることにしました。祖母も、孫のわたしに対しては優しいことばづかいになるので、相性がよかったんです。その時、体に触れながら話してあげること、水分補給をしっかりさせることは心がけていたんじゃないかなと思います。
毎日接していると「できないこと」を認めてあげられるから、対処もしやすいです。でも、家族だけで介護をすることは、先ほど述べたような「それ以外」の感情が邪魔をするので、あまりおすすめできません。
かといって、いきなり老人ホームに入れてしまうのはいかがなものかと思いますが、公的サービスを頼ることも視野に入れながら、ことが深刻になる前に家族で「介護」の話ができたらいいなと思います。
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ちなみにですが、「物がなくなったことを誰かのせいにする」「ロジックが散らかった怒りの感情をぶつけてくる」時の対処方法として、スマホで動画を撮るというのは、結構よかったです。
後からその動画を見ることはないのですが、撮っている自分自身が発することばを選ぶようになりますし、祖母も撮られていることがわかると口調が変わりました。
祖母と暮らしているといろんなことが起こりますが、それらに対応できる働き方を選んだことで、一緒にすごす時間が増えました。
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