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野球の国で Footballがライフワーク Vol.34

素晴らしいゲーム、文句なしの熱戦だった。同じ英国発祥のフットボールでも、ことは楕円球の方だ。ラグビーのフランスワールドカップ、予選プールの最終戦。勝てば、他国開催で初の決勝トーナメント進出。負ければ、そこで敗退。伸るか反るかの大一番に臨んだ日本は、格上アルゼンチンと渡り合い、健闘の果てに惜しくも敗れた。前半はシンビンで一時数的不利を強いられながら、2トライを奪い1点差で折り返し。後半も意表を突くドロップゴールや鮮やかな3トライ目で、十二分に見せ場をつくった。今大会で最高のゲーム、躍進した前回ワールドカップ以降で秀逸のパフォーマンスだったと思う。最善を尽くし、それでも及ばなかったのだから、世界の壁はなおも高い。けれども、この敗退をほろ苦い後味だけで終わらせなかった日本の戦いぶりには感動を覚えた。

もう少し前に開催されたのは、バスケットボールのワールドカップ。17年間、世界大会では1度も勝てなかった日本が、実に48年ぶりに自力での五輪出場を成し遂げた。悲願達成のとき、私の目は期せずして潤んでいた。次こそ勝ちたい。もっと強くなりたい。その道の代表として自ずと抱く望みが永らく叶わなかった選手たちが、ようやく満たされた瞬間の表情に、熱いものが込み上げたらしい。フットボール以外のスポーツ観戦にも親しんできた私は、ときどきフットボールを客観視するようにしている。ラグビーやバスケットボールが感動を与えてくれた今年、フットボールは日本の人々にどう観られたのだろうか。カタールワールドカップに湧いた昨年の暮れ、スポーツを超えて話題の中心に立っていた当時に比べ、現在はどうだろうか。

久保建英は、いまやレアル・ソシエダで確固たる地位を築いている。常に2人がかりのマークに遭うのはクラブの主軸たる証明だが、欧州のトップリーグでもその域に達した先月、進境著しいジュード・ベリンガムを抑えてラ・リーガの月間MVPに選出された。三笘薫がブライトンで負けず劣らずの地位に上り詰めたことも、遠藤航が30歳にして名門リバプールに加入したことも、古橋亨梧と前田大然と旗手怜央と鎌田大地の4人がチャンピオンズリーグで先発競演したことも、すべて紛れもなく快挙だ。ただ、わが国でそれらがどれほど報じられ、その価値をどれだけの人が理解してくれているのか、どこか心もとない。放送にせよ配信にせよ、有料という壁に隔てられた世界の出来事だからかもしれない。日本人にワールドカップが一大イベントと認知されて以降、フットボール界には少なくとも4年おきに大きな波が起こるようになった。しかし未だかつて、その波がもたらす一過性の熱が、波の引いたあとも変わらず持続したことはあっただろうか。

大谷翔平が、日本人として初めてメジャーリーグのホームラン王に輝いた。二刀流を継続して投手としても10勝を挙げ、右肘の手術に踏み切りシーズン終盤を欠場しながら逃げ切ったのだから、見事な偉業だ。加えて、シーズン前にはWBCでも投打にわたる活躍で優勝に貢献した。テレビでその顔を見ない日は無いほどで、スポーツニュースなど半ば大谷ニュースと化した感もある。その影響を直々に受けるのは青少年なのか、「好きなスポーツ選手」の調査でも堂々の1位に輝いたという。報道各社の「今年のスポーツ10大ニュース」は、WBC優勝とМLBホームラン王により、大谷が"ワンツーフィニッシュ"を果たしそうな情勢だ。日米で間もなくポストシーズンを迎える今年は、野球界にとって素晴らしく充実した一年だろう。阪神タイガースとオリックスバファローズが揃ってリーグを制した関西に住む者としてはなおのこと、例年以上の盛り上がりを実感する。これこそが、移り気な国民感情に左右されない盤石の人気、寄せては返す波に影響されない"満ち潮"の姿というものだ。わが国でこの理想像を実現しているスポーツは、今なお野球を置いて他に見当たらない。

これぞワールドカップ効果か、Bリーグの新シーズンはチケットの売れ行きが好調と聞く。12月から再編3季目に突入するリーグワンにも、同様の反響があればいい。チケット販売など経営の未熟さを露呈したり、コロナ禍に見舞われたり。直近2度のワールドカップのあとが上手く運ばなかっただけに、3度目の正直を期待したい。ビッグイベントで日本代表が活躍した直後は、多くのスポーツが現在の熱を未来へ繋ぐ課題に直面する。スポーツに関する日常的な話題が、ほぼ野球に寡占されてきた日本において、フットボールもまた例外ではない。日本代表の大半が欧州で活躍する時代が到来したことで、Jリーグにワールドカップの波及効果を望みにくくなった皮肉な問題もある。根本的な原因は、競技そのものの魅力や醍醐味よりも、スターやアイドルといった特定個人のほうに注目してきたメディアと国民のあり方なのかもしれない。野球の価値を腐すつもりはないが、手放しで讃える気になれないのは、そんなメディアからあまりにも優遇されているような印象が否めないためだ。日本にはラグビーにもバスケットボールにも、もちろんフットボールにも魅力的なリーグがある。そこで展開される熱戦や好プレーの質の高さは、野球と比して、控え目に言っても報道量ほどの差は無いだろう。例えば、アメリカには4大スポーツがある。日本の国力をもってすれば、いつまでも野球の「独り勝ち」で良いはずはない。



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