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10年目の国立にて Footballがライフワーク Vol.35

銀杏並木を歩きたくて青山一丁目で降りてみたら、木々はまだ青かった。夏が長く秋が短くなったのは関西だけではないようで、いつまでも暑い日が続いては銀杏が色付くのはもう少し先らしい。道中のハンバーガーショップ「シェイクシャック」でテイクアウトした紙の手提げ袋がちぎれない程度の早足で秩父宮ラグビー場と神宮球場を通り過ぎると、4層の屋根の隙間から木が伸びるスタジアムが見えた。初めて訪れた10年前は、五輪招致決定の直後だった。火が灯された旧聖火台は、いまGゲートの前にある。私的恒例企画「J旅」も17年目、来訪が2度目となるのは国立競技場が初めてだが、Jリーグ30周年の今年、どうしても幕開けの地を訪れたかった。

2度目とはいえ、生まれ変わった国立は外観も内装も大きく変わり、気分はほぼ初見だった。特に印象的なのが音響で、3階席から左右に見渡すゴール裏のサポーターのチャントは、コンサートホールのようにこだました。野木亜紀子脚本のドラマ「MIU404」の演出にもあったが、空撮すると0のように見える巨大な屋根に覆われた影響なのだろうか。隈研吾による設計の専門的なことはまるでわからなくとも、その音の迫力を目の当たりにすると、改めて一昨年の東京五輪が無観客で開催されたのが惜しまれる。災厄に塗れた五輪によって、わが国のフットボールにおいて長らく聖地とされてきたこのスタジアムにどこか良からぬ印象が付き纏ってしまったことが、さらに悔やまれる。

入場ゲートで配付されたのは、非売品のプライムクラッカーとレモンパック。ルヴァン杯の舞台に来たのだなと実感する。もう31年前になったが、生涯で初めてフットボールというものを観戦したのが前身のナビスコ杯のゲームだった。Jリーグ生誕の前年、一足先に始まったこのカップ戦が生涯のライフワークとの邂逅になろうとは、フリーキックの意味さえわからなかった当時の私には知る由もない。会場は神戸ユニバー記念競技場、当初は関西唯一のクラブだったガンバ大阪がホームチーム扱いで、チケットに映る顔は永島昭浩。亡き父も含め家族3人でフットボール観戦に出かけたのは、それが最初で最後だった。今年のJ旅は初もの尽くしで、カップ戦を選んだのも初めてなら、決勝戦を現地観戦するのも遅ればせながら初めてとなった。

予想通りとはいえ、国立のスタンドを圧倒的な声援で支配したのは31年前に最初に観たゲームのアウェイチーム、浦和のサポーターだ。キックオフ目前、切り替わったコレオグラフィのメッセージは感慨深いものだった。初タイトルを獲得したのが2003年の同大会で、20年後の今年に至るまで、2度のACL制覇をはじめ10ものタイトルを積み重ねたということか。チケットの顔が福田正博だった時代は最下位から歩み始め、ちょうど私が父と死別した期間でリーグを代表する存在になった。一部サポーターの暴走で処分を受けた一件は、人気者に汚点が付いたという意味でジャニーズ問題にも似通っているが、最多の観客を動員してきた功績、感動的な空間を創り出す魅力に恥じぬ更生を望みたい。

J旅で自分に課す唯一のルールはいずれか一方の1日サポーターになることだが、ホームチーム不在の今回は福岡にしようと決めていた。宮大樹が主力に成長し、インパクトプレイヤーのウェリントンも健在。神戸時代に馴染みのある顔といえば、監督もまた然りだ。神戸で10番を背負っていた長谷部茂利は、ヴェルディでデビューしてラモス瑠偉の後継者とも呼ばれた現役時代より、これから指揮官として大成しそうな気配がある。基本の3-4-2-1はミシャことミハイロ・ペトロヴィッチ監督が各クラブで採用したシステムと共通するが、長谷部流のそれはより手堅く映る。相手ボール時は5バックへ移行しつつ前線の3人は高い位置を保ち続け、両サイドに蓋をするガードと鋭い反転攻勢を実現するカウンターパンチを兼ね備えた骨のあるファイターに仕上がった。何より、初めてのタイトルを懸けた挑戦者としての境遇は、リーグ優勝を目指す神戸と相通ずるものだ。

永らくフットボールを追い続けると、ときに願ったり叶ったりのゲーム展開に恵まれることがある。序盤、右サイドを使えば絶好機と思えた福岡の速攻は、中央へドリブルを仕掛けた前寛之が期待通りに紺野和也へパス、自らゴール前へ侵入すると折り返しに詰めて先制。ハーフタイム間際にも宮が加点して理想的に試合を運んだ後半、福岡はさらにPKを獲得したが、このときばかりは西川周作の意地を見たくなった。願い通りのPKストップは明本考浩のゴールに繋がり、決しかけたゲームは残り4分の1で1点差の攻防へ様変わりした。悲願の初優勝に手をかけながら、最終盤で産みの苦しみを味わう福岡サポーターの心境はいかばかりだったろう。残り3節、初めてのリーグ制覇への希望と不安が入り混じる神戸サポーターとしては、とても他人事には思えなかった。

Jリーグに神様がいるなら、なかなかに公平な感覚を持ち合わせているようだ。福岡がようやく初タイトルを獲得したことで、リーグ生誕から5年目までにトップリーグへ昇格したクラブには、すべて3大タイトルが分配されたことになる。初めて眺める表彰式で注目したのは、"キング"の後ろ姿。2005年のデビュー以来クラブ一筋の城後寿は、ベンチを外れた選手たちの最後方に立っていた。誰より喜び勇んでもおかしくない控え目な10番へ、表彰台を降りたチームメイトは優勝杯を真っ先に手渡して応えた。澄まし顔で記念写真に収まる長谷部監督を選手たちが冷やかす一幕と併せ、それぞれの円満な関係が滲み出た微笑ましいセレモニー。30年間、Jリーグに心を動かされたのは、いつもこんな場面だった。感動の余勢をかって、Jリーグの神様にお願いしたい。新たなカップ戦王者が誕生した次は、新たなリーグ戦王者を誕生させてくれないだろうか。

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