Σ殺し

 まずはじめに、私が目覚める。

 私は暗闇の中を歩いている。(本当に歩いているのか?)足元が見えないからわからない。何も見えないまま、ただ前進している。(本当に前進しているのか?)それなら後退しているかもしれない。取り敢えずのところ、私が暗闇の中にいることは事実のようだ。光の灯らないこの世界では、闇のみが支配的である。闇を切り裂いて進むのは私だけ。

 私は私を殺すだろう。(私を?)いや、その私ではない。別の私だ。私は別の私を殺さねばならない。これからは混乱しないためにぼくと呼ぶことにしよう。私はぼくを殺さねばならない。(僕を?)いや、その僕ではない。別のぼくだ。これからは混乱しないためにΣと呼ぶことにしよう。私は僕とは他人のΣを殺さねばならない。そのために私はこの暗黒を進んでいる。あるいは退いている。

 なぜΣを殺さねばならないか、その理由は明確である。理由はこの物語の最後、Σを殺した後に語られるであろう。Σを殺すためにはぼくの力が必要だ。私はぼくを探している。そのために、まずはこの暗黒を抜けなければならない。

 世界が立ち上がってくる。

 遠い山並みの稜線たち、晴天の空を羽ばたく鳥たちが見える。いま私は森の中で現前した。さあ物語を始めよう。

 私は徐々にこの物語に適応し始める。私の目の前に切り株があり、その切り株の上にはサイコロが乗っていた。私が触れるまでもなく、サイコロは回転し始める。(サイコロの目はいくつある??)わからない。ただ私には分かる。(なにが?)もしサイコロで1の目が出た時、私は死ぬ。サイコロの回転を眺めている間、私はぼくがいま何をしているか考えている。

 ぼくは今光の速さで歩いていた。目指すのは、一億光年先。ぼくは私の元へ到達しなければならない。私がぼくを待っている。

 気づけば、私は湖の中にいる。私は泳いで陸地にたどり着き、列になって湖から出る。複数的私。私的ベルトコンベア。地面はぬかるんでおり、すぐに私の足は土の中にはまり込む。いつの間にか、私は泥に飲み込まれていた。重くのしかかる泥に抗い、かろうじて右腕を外に出す。しかし、抜け出すには泥が重すぎる。私はもうここから出られないだろう。仕方ない、ここで私が死んでも、また別の私がΣを殺すだろう。サイコロはまだどこかで回っているはずだ。

 生い茂った草むらを掻き分けて進んでいくと、偶然にも私は私の群れに出会う。どうやら私は放牧されているらしい。飼い主は誰だ、と私が尋ねると、Σだ、と私は答える。やはり、私はΣを殺す必要がある。私の群れをあとにして、山を登ると、山の頂に神殿が建っているのが見える。あれは∑の神殿だ。私は神殿まで、走る。そこにΣはいるだろう。そこで私はΣと出会うだろう。私は神殿に入る。Σは私に背を向け、祈りを捧げている。私はΣの背後にそっと忍び寄る。Σは私に気づいていない。私は刃物を取り出す。その時、既に僕は私に追いついていた。私はΣの背中に刃物を突き刺す。私の背中に激痛が走る。Σは振り返り、私を見る。それと同時に、私は振り返り、私を見る。

 今、サイコロは1を差した。

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