あたしが贈りものを贈る理由
週末、恋人が訪ねてきたので、あたしたちはよそいきの恰好をして横浜のホテルまで紅茶を飲みに行った。
横浜はまだカラリと涼しく、どこか潮の匂いがした。
帰り道に思いついて、あたしたちはショッピングモールに寄った。あたしは恋人に帽子を買おうと提案した。あたしからの贈りものよ、と。
恋人はあたしの提案を喜んだ。
「お洋服のことはあなたに任せるのが一番なのよ」と言いながら何軒か洋服屋をまわってたくさんの帽子をかぶり、その中から麻でできたサファリ・ハットを選んだ。
そのサファリ・ハットは牧草のような色をしていて、黒くて細い布がつばの上にくるりと巻かれている。麦わら帽子のようなかわいらしい帽子だ。
買い物にはしゃいでいた恋人は、帽子を試着するときだけ途端に不安げな顔になって、あたしの方を何度も振り返った。似合っているかどうか、自信がないのだ。
「大丈夫よ」そのたびにあたしは言った。
「紺色はよく似合うわね」とか、「でもそのデザインは手持ちの服と合わないわ」とか具体的にコメントした。
「そのキャップ、いいじゃない。色もデザインも似合っているわ」あたしがそう言っても、彼が首を振るときもあった。「これをかぶって市場に行ったら、競り業者と間違われる」と言って。
あたしは声を出して笑ってしまう。競りが行われるような早朝の市場に、一体いつ何の用事で出かけていくつもりなのだろう。
最終的に二人で選んだ麻の帽子を、恋人はいたく気に入ったらしい。曇りだというのに(サファリ・ハットだからいいことに)首元にひっかけて、帰っていった。
それを見て、あたしは何だか胸が苦しくなるような愛おしさを感じる。彼が帽子を喜んで受け取ってくれたことに感謝すらする。
そしてふと思い出す。
あたしに贈りものをたくさんくれた祖母のことだ。祖母は派手好きだった。木工作家とは名ばかりで、生活は裕福な恋人に面倒を見てもらっていた。
祖母はよい母親ではなかったし、よい祖母でもなかった。特に母とは折り合いが悪かった。かといって、あたしの父とも不仲だった。しかしあたしには、いつも優しかった。
少なくない借金があったのに、あたしにたくさんの贈りものをくれた。小学生には高価すぎるものばかりだった。
イギリス産から直輸入した紅茶、アンティークのテディベア、メノウのついたジュエリーボックス、百貨店で量り売りをしている金平糖。
「おばあちゃんが死んだら、これもあげるわ」
それは、優美な細工がほどこされた象牙のブローチだった。それが彼女の恋人から贈られたものだと知ったのは、ずいぶんあとのことだ。
しかし、幼いあたしにはまだそれらの意味がわからなかった。なぜ彼女が、あたしたち家族が困ってしまうような高価な贈りものをくれるのか。
あたしは母や父にうながされるまま、祖母にお礼を言ったが、あまり嬉しそうではなかっただろう。
「いいのよ」その態度に気が付かないふりをして祖母は言った。
「とてもいいものだから、大切に使ってね」と。祖母はいつもシャネルの赤い口紅をしていた。
祖母からの贈りものは、まだあたしの部屋にある。テディベアを抱き上げて傾けると、仕掛けが動いて「ママー」と鳴く。世界でもわずかしか生産されなかった上等なテディベアだ。
このテディベアは数年に一度、山梨県にあるぬいぐるみ専用のクリーニングに出す。だからずっとあの日のままの姿を保っている。
あたしには分かっている。祖母の血をまっとうに引いてしまったあたしには、お金をかけることと愛情をかけることの区別がまだはっきりしない。
恋人が帰ってしまった部屋の中で、あたしはそのことに恋人が気付かないでいてくれたらいいのに、と思う。
真実かどうかは別として、恋人にはあたしの愛情を一ミリも疑ってほしくなかった。
これはあたしの、いやあたしと祖母の二人の問題なのだ。
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