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赤塚不二夫さんのこと

 長い間気にかかっていた事があったので、赤塚不二夫さんのことについて少し調べてみた。赤塚不二夫さんといえば、言わずと知れた漫画「天才バカボン」の作者である。

       漫画「天才バカボン」と仏教用語

 この漫画が少年漫画週刊誌へ掲載され、やがてTV化されていた頃には、「サザエさん」以外、漫画はもう卒業していた年齢だったせいもあって、実はあまり目にしたことはない。そんな私でも登場人物のことを知っているくらいだから大したものだと思う。
気にかかっていたことというのは・・・。

ギンナン

「天才バカボン」に登場する人物名や言葉などのことだ。これはあちこちでかなり取り沙汰されているので、もはや周知のことでもあると思うが、念のため気になるところを挙げてみると・・・。

 まずタイトルの〝バカボン〟。それから〝レレレのおじさん〟。バカボンの弟〝ハジメちゃん〟。〝タリラリラ~ン〟。最後にバカボンパパの決めセリフ・〝これでいいのだ〟。 ネットなどでちょっと調べれば山のように出てくるが、これらは仏教世界と大いに関係がある。タイトルからして釈尊の尊称なのだ。「薄伽梵」と書いてバキャボンあるいはバカボン(サンスクリット語 bhagavat バガヴァットの漢音写)。

 聖なる者・煩悩を超えた者の意味で、世尊せそん(釈尊)のことなのである。いつもほうきを持って勢いよくお掃除しているレレレのおじさんは、愚かさ故に悟りを得られないと悩んでいた弟子・チューラパンタカのことではないか、と思われる。それは・・・。

 チューラパンタカの悩みを聞いた釈尊は、彼に毎日ひたすら、くまなく掃除をするように、と言う。チューラパンタカはそれを実行してみるが、掃除をしてもしても、いくらやってもまたすぐに汚れてしまう。

 そこから〝生きるということは心を汚すこと〟と思い、〝ならば心を汚さない生き方は何か〟と考え、そしてついに悟りを得る事ができたのだそうだ。毎日ほうきでお掃除しているレレレのおじさんは、チューラパンタカを否応なしに連想させる。

 ハジメちゃんは、元・東大名誉教授であり東西比較思想史の大家であり、私が大好きな中村元なかむらはじめ先生のお名前と同じ。〝タリラリラ~ン〟はチベット仏教における真言の一つである。そして〝これでいいのだ〟。これはどんな関わりがあるのだろうか。

雑司ヶ谷・本納寺(東京都)

       赤塚不二夫さんと仏教の関係は?

 釈尊は教えを乞うて来る者には、それが善人であれ悪人であれ、賢者であれ愚者であれ、富める人であれ貧しい人であれ、男であれ女であれ、これを拒む事なくその人に応じた方法で説法をしたという。

 世間一般の人の悩みは百人百様であるが、総じて言うならば欲望や妬みや僻みや怒りから生じる〝モノへの執着〟であろう。その執着があるからこそ悩む。おそれる。

 それに加えて、世の中のものは全て仮の姿の現れであって、不滅のものなどは無いのだ(諸行無常)ということを諄々じゅんじゅんと教えていく。

 そして〝これでいいのだ〟の意味するところは、ものに対する執着を取り去り、全ての事象をあるがままに肯定し、受け入れよ、という悟りの境地を示すものであるのだと思う。

 ここまで仏教の要素が取り入れらるからには、赤塚不二夫さんはきっと何処かでインド哲学なり、仏教思想なりに親しく触れた時期があったに違いない、と思いつつ、それを確認することもしないで来たのである。

 そこで付け焼き刃的な調べ方ではあるが、その略歴を見てみることにした。すると意外にも仏教に親しんだような事実は見当たらない。しかしながらそこから一つの回答を得たように思った。

イヌホウズキ

     その生い立ちと心に深く刻まれたもの

 生まれてから11歳までを過ごした満洲時代。中国人の上に立ちつつも一切の差別をしない公正で清廉な父親の態度、日中戦争となり、避難していた頃の悲惨な思い出、引き上げ後の中学時代に経験した周囲との関係。

 そして目にしてきた肉親や引揚者や兵隊たちのあまりにも多くの死。世の無常、ある種の諦観などが幼い赤塚さんの心に染み付いて行ったのであろう。

 結果、強者は弱者を庇い、弱者の立場を思いやる精神を心の内に育てていったそのことが、書く漫画に投影されていったように思う。慈悲の心とでも言えるのかもしれない。

 それらの経験をとおして世の中をあるがままに、前向きに受け入れる境地になっていったのではないかと・・・。これこそが赤塚不二夫さんの人生にとって最も大きな意味を持つ価値観だったのだと思う。

 しかしながら起こったことにクヨクヨせず、囚われることなく、ありのままに「これでいいのだ」と思える境地に至るのは、やはり至難のことには違いない。

板橋区・乗蓮寺(東京都)

      漫画の聖地「トキワ荘」へ馳せる想い

 ご本人は仏教との関わりについて、明らかにはされていないそうである。が、私には何処かで必ず勉強されたのではなかったか、と思えてならない。
 
 もしかしたら、かの漫画の聖地・「トキワ荘」で、後日には著名な漫画家となったメンバーと哲学的な議論に盛り上がった時代があったのかもしれないと想像するとなんだか楽しい。

 私の住んでいる東京の豊島区は、かの「トキワ荘」のあった場所である。自宅からでも自転車なら15分もかからない、椎名町(現在は〝南長崎〟と町名変更されている)に存在していた。そんなこともあって、「トキワ荘」の住人だった赤塚不二夫さんのことを思ってみたのだった。

雑司ヶ谷・本納寺(東京都)

文責・写真 : 大橋 恵伊子